精神異常③
「……てか、ねぇ、あいつ大丈夫なの」
バーボン家に向かいながら、前を歩く一人の青年を指さして、こっそりとノイズがブラッドに問いかけた。気になるのも無理はない。彼はそわそわと落ち着きなく、無意味に周りを見渡している。
「ん?ああ、……大丈夫、ではないな」
ノイズが示す彼の名前は、エラー・バンギット。
「新入り?」
「いや、もうすぐ三年くらいかな」
「……隊員の勤続年数とか覚えてんの?あんた」
「あいつはちょっと、訳有でな」
ブラッドが苦笑する。防衛隊に所属されて三年と言っても、他の隊員と違って死線を潜り抜けてきたような雰囲気はない。
「もうすぐ警察に引き抜かれるのさ」
スカルに続いて隊員が減るのは大きな痛手だが、致し方ない。ブラッドから見ても、彼がここに居座り続ける事は難しい。
「本人は防衛隊に残りたいとは言ってくれてるんだがなぁ」
「どういう意味?」
もともとエラーは、異常犯罪防衛隊の入隊試験を難なく突破してきた優秀な人材だった。賢く、座学はほぼ満点。体術や銃の扱いも中々のもので、勘もするどい。なんと言っても、異常者に対する意気込みも申し分なかった。なぜならエラーは、異常者に家族を目の前で殺され、復讐のために死に物狂いで努力してきたからだ。
ブラッドとしては、いずれ班長の仕事を任せたいと思っていた。それだけの実力は十分にある。
けれど、それがままならない程の致命的な欠点がエラーにはあった。異常者を目の前にすると体が震え、判断力が低下するという、とんでもない欠陥が。とてもじゃないが使い物にはならない。
それが今、彼をあんなにも頼りなくしている。
「異常者に恐怖心があるのでは話にならない。…ほんとに、彼がポンコツになるのは異常者にだけなんだが…」
だから、異常者を直接相手にしない警察に身を置いた方が良い。けれど、エラーが防衛隊に入ったのは仇討ちのためだ。防衛隊でないと、意味がない。エラーはずっとそう訴え続けて未だ防衛隊に籍を置いている。
「残念だが、多分もう無理だろうな…」
本来、気が小さい人間だったのだろう。もう後がないという焦り、情けなさ、悔しさをブラッドに吐露してくれたのは、最近の話である。ここまでの能力を手に入れるまで、相当な努力をしてきたようだが、肝心の所で怖気づいてしまう。本人が一番歯がゆかろう。
「……、悔しいだろうな」
立場は全く違うが、本当に自分のしたい事が出来ないという事が、どういうことか。ノイズには痛い程理解できた。今まで積み上げてきたものがガラガラと崩れていくような虚しさ。それを抱えて、これからどうやって生きて行けばいいのか。
「目の前、真っ暗だろうな」
ふと、エラーがノイズの方を見てきた。ばっちりと目が合うと、慌てて逸らされる。
「俺みたいなのがここにいる事も、追い打ちかけてそう」
「なに?」
「自分が努力して伸しあがってきたところに、化け物か何だか知らないけどポっと出て居座られてさ。逆の立場だったらむかつくわ」
「……比べるには状況が違いすぎる。あんまり他人の腹を探るな。それが壁になるんだよ」
「壁作っても乗り越えてくるじゃん、お前ら。あーやだやだ」
ノイズが剽軽に手を振ってブラッドから離れた。
踏み込んで欲しくないのだろうが、関わらずにはいられない。
取り残されるのが嫌だと言った。置いて行かれるからいっそ殺してしまいたいと言った。
けれど、その根本には孤独になりたくないと言う心がある。
彼の『殺したい』という衝動が本気ならば、ノイズは今、絶妙なバランスの位置にいるのだ。
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