死合わせ⑤
ノイズが薬を投与し始めて一週間程で、クレイに意識混濁の兆候が表れた。すぐに拘束を一旦解除しろという命令が下り、ノイズはあっさりそれに応じた。殺人衝動に駆られたクレイにノイズの首が腕力だけで引きちぎられたところで麻酔銃が打たれ、クレイは再び拘束される。
ノイズはその間、全くの無抵抗だった。
「貴様のそれは、異常者に悪影響じゃないか?」
生き返ったノイズに、ウィルスが苦言を申す。
「悪影響とは?」
「殺される間際の、その無感情な表情。今回クレイはほとんど意識を飛ばしていたようだからなんとも言えないが、クレイ捕縛時、再生している貴様に対して酷く取り乱していたと報告を受けてる」
「ああ、なるほど」
「異常は精神障害だ。あまり興奮させられても困る」
「そう?俺は逆に良い影響になるんじゃないかと思いますけどね」
「それは私の事を言っているのかね」
「まぁそうですね」
異常者に対して狂気的な執着を持っていたウィルスは、ノイズの『不老不死』というとんでもない異常性の前に戦意というか、意欲を喪失させられている。
昨日、首を引きちぎられる前にもクレイに数々の暴行を受けていたノイズの体は、傷跡もなく綺麗に完治している。それを見て、あの悪夢が現実のものではないと逃避する事は出来るが、ウィルスに植え付けられた本能的な恐怖は簡単に拭い去れるものではない。
それに、味方についている彼がいつ理性を失って自分達に牙を剥くかと怯えている。
最もノイズの身体能力的には、普通の異常者どころか防衛隊の精鋭、いや、見習いの足元にも及んでいないのだが。だから、クレイに対しても大した抵抗をしなかった。
それは、彼なりの防衛術であったのかもしれない。その方が早く終わるから。一丁前に痛いのは嫌だと駄々を捏ねるのだからふざけた奴だとウィルスは思う。
「……まあ、それでしばらく様子を見るのもいいか」
ノイズを見ているのは気が進まない。一見普通の青年の、異常性が垣間見える瞬間は、いつまでたっても慣れないどころかトラウマだ。
その事に目を瞑れば、不老不死は対異常者に非常に有効な生贄だ。どんなに人体を破壊されても、一日あればほぼ完治する。お陰で、クレイ以外の異常者の処置も並行して行わせている。しばらくメスも握れないウィルスにとっては有り難い存在ではある。
それが、ノイズを正真正銘の化け物だと言いながら、彼の『普通』にすっかり騙されているとも知らずに。
意外なほど、ノイズは異常者に献身的だった。まさか、本当に彼等なら自分を殺せると思っているのだろうか。そんな希望とは裏腹に、殺しても死なないノイズは異常者達に嫌われ、まともに鎮静剤すら打たせてもらえなくなっている。健常者と距離を置こうとした化け物は、異常者にすら化け物と呼ばれて嫌煙され、それでも心は壊れないのだろうか。
それから数日後、唯一ノイズとまともに話せていた異常者クレイは呆気なく死んだ。
彼を恐れすぎて、必要以上の無体を強いたものだ。
案の状、杭を打たれた両手は腐って異臭を放っている。治療の度に何度か抜いては再び打ち据えられ、いっそ腕を切断してくれと願う程の苦痛だったに違いない。けれどクレイは、痛みに冷や汗を浮かべつつもそれを享受していた。それが今はもう、頭を垂らしたままピクリとも動かない。
「所詮、お前も人の子だったか」
クレイの死体を見下ろしながら、無表情にノイズは呟いた。
「なぁ、ウィルス。見ているか?クレイは死んでる。フリじゃない」
蛆が湧いているクレイの手から杭を外すと、重力に従って腕が落ちる。思いの他軽い音が響いた。死体を見つめるノイズの目は、重く沈んでいる。
「俺は、お前が、死なない事を祈ってたよ。これでも」
本当に。
その言葉は、誰にも届くことはなかった。
ノイズは、クレイの無残な姿に、十字を切った。
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