死合わせ③


カツン、と靴の底が響く音。


厳重に格子が組まれた檻の中は、酷い鉄の匂いが充満していた。その奥に、両腕を頭より高い位置で拘束され、短い脚を投げ出した状態で、ぐったりとうなだれている男がいる。


「よぉ」


気安く声を掛けると、男は…クレイ・ジャグリーは顔を上げ、しかめっ面を晒した。


「……てめぇ…」

「調子はどう?」

「…最悪に決まってんだろ…」


クレイの両手の手のひらには杭が打たれ、短いと思った足はどうやら切断されていた。さすがにただの異常者であるクレイに、無くした足を再生する能力はないらしい。あのクレイが戦意を喪失している。薄い布だけを纏わされた上半身には、夥しい銃弾の痕。おそらく、弾は埋まったままなのだろう。生きているのが不思議なほどだ。


ノイズがそうぼやいても、嫌味にしかならないのだろうが。


「可哀想だな、お前」


ノイズが暫く前までウィルスの近くにいたから分かることだが、普通、異常者でもここまでされることはない。過去最恐と言われたクレイでも、ノイズのように切断した足がくっつくような驚異的な回復力などないし、手のひらに杭を打ちつけた所で、その傷口から腐っていくだけだ。


不老不死であるノイズがいるせいだ。未知の化け物の存在の所為で、警戒基準が跳ね上がっているのである。


「うるせぇ…」


何人もの命を奪った代償とするなら、軽い罰に思えなくもない。ノイズ程でなくとも、異常者の生命力が強いのは本当で、普通の人間なら、とっくに死んでいるだろう。この怪我で、こんな手入れもされていないような小汚い場所で、死にたくても、死ねない。


死ねない事の辛さが分かるノイズには、それが可哀想で仕方なかった。


「なんの用だ?」


既に一、二回、クレイには薬が投与されているらしい。意外と会話が通じるのはそのせいだろうか。それとも、もともとの彼の性質か。身動きが取れない状況を打破するための演技とも取れる。


「…お前を、『健常者』に戻しに来た」

「…へぇ、」


クレイの目に、一瞬怪しい光が灯った。けれど、その光はすぐに消えてしまう。


「ひひ、ハハぁ、やってみろよ…。俺を、まともな人間によぉ」

「まともになりたいの?お前」

「はぁ?まさか」


薬を投与する前の異常者の様子は二種類。暴れるか、このように普通に対話できるか。


対話については、話がかみ合わないことの方が多いらしいのだがクレイには当てはまらない。酷く挑発的ではあるが。


その事についてウィルスは何も言っていなかった気がするが、ウィルスの精神状態を考えると余り深く考えていなさそうだ。今の様子もカメラで見ている筈だ。ただ、クレイは少し他の異常者よりは特別である気はする。ブラッド率いる隊を一人で翻弄していた。ノイズがいなければまんまと逃げおおせていた可能性だってあった。


ただ身体能力が高いだけだったり、勘が良いと言うだけではないだろう。頭も少しばかり良いはず。


「ま、とりあえず今回の薬を打つぞ」

「それ、無駄だと思うぜ。全然利いた感じしねぇから」


くひひ、と笑うクレイに構わず、吊るされて血の気の失った腕…は、止めて、首筋に注射針を突き刺した。細い針など痛くもかゆくもないのか、クレイは平然としていた。


「ひ、ひひひひ、」


暫く待っても、クレイの様子に変化はない。本人の言うとおり、まるで効果がないように感じる。それを馬鹿にしたような笑いをものともせずに、ノイズはクレイに話かける。


「人を殺すのは楽しかったか?」


 まるで、世間話をするかのように。


「野暮な事をきくんだなぁ?そりゃあ楽しいさ!肉を切り裂くのが俺の生きがいなんだよ」

「今も殺したいか?」

「ああそうだな。……だが、お前はいらない」


 ざっくりと拒絶を受けて、ノイズは言葉を失った。まさか、彼が殺してくれるかも、なんて希望、先日の戦いを思い返せば無駄だとは分かっている。


「人間ってのは、死んで初めて面白いんだよ。さっきまでひぃひぃ言ってた奴がピクリとも動かなくなる瞬間がよぉ」

「じゃあ、生き返る俺は殺しても楽しくないって?」


違うだろう。クレイは何より肉を引き裂くのが好きな筈なのだ。沈黙が帰って来て、ノイズは落胆する。

彼は、ノイズに対して、明らかな畏怖を感じている。


大人しいのは、それが一番の理由かもしれない。


「……俺は、お前と仲良くしたいんだけどなぁ」


 ノイズが冗談交じりに言った言葉に、クレイが唾を吐き捨てる。


「っは、きもちわりぃ」


 その本心を見透かしたようだった。


化け物なら、化け物を殺せるんじゃないか。ノイズはブラッドにそう言ったが、本当はそうじゃない。ある期待のために、ノイズは防衛隊の提案を受け入れた。




なあ、ブラッド。俺はあんたみたいな奴に心配してもらえる程、普通じゃねぇよ。




ブラッドが普通だと言ってくれた事を思い出して、笑う。嬉しくなかったと言えば、嘘になる。けれど、どうしたって自分は死ねなくて、死ねない以上は化け物なのだ。


「連れない事言うなよ、俺は、どっちかというと、こっち側だろ?」

「…じゃあここから助けてくれよぉ」

「……今は無理かな」

「はぁ?いずれ出してくれるような言い方だな?」

「お前の異常が治れば…の話」


ノイズは、うっそりとクレイに笑いかける。


拘束された異常者は、その得体の知れない笑みを浮かべる化け物に舌打ちを溢した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る