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兼次まもる 32歳。

誰もが羨む脳ミソとは、誰の理解も及ぶところではない。中卒でありながら、自らの興味の示すものは全て吸収し、それは最終的に周辺をあっという間に凌駕する。

研究室に閉じこもりたくさんの科学者が命を削りながら進めた生物兵器の研究を、たった数日間で、たった一人で、この世界で唯一成功させた男。

その生物兵器はなんと、十代の女の子であった。


そして、その目的は誰もが予想するものではなかった。



「私たちが終わらせるよ。何もかも」




セスナには流行りのEDMが爆音で流れている。あいは眉間にシワを寄せながら化粧ポーチとにらめっこをしていた。

「やばい、今日何系でいこう」

「あんはもち姫系~~ぴぴ」

パステルカラーのパレットをあいに見せびらかしながらあんは自撮りをしてみせる。

「いつもじゃん変化なさ子」

「すんませーん(笑)あんは生まれつき姫なので~(笑)」

「あんと違ってあいはなんでも似合うの姫しか選択肢ない人黙って~」

「黒ギャル黙れし目の下に白ラメでも入れとけ~」

キャンキャンと高速レスポンスで喧嘩をする二人を横目に、パイロットは緊張感を持った口調で到着時刻を告げる。

「あと30分くらいじゃんやば」

「てかキメラしかいないんだからノーメイクよくね?よし今日はやめた、すっぴんで勝負だぞぃ」

「えーーーそのあとピンクのプール連れてってくれるってあのおじさん言ってたよ?タピオカ飲みほって!」

「うし、30分で急いで盛るべ」


パイロットはいぶかしげに二人をチラリと睨む。こんな今時の若い女の子が世界の頂点だと?世界中の政府要人が恐れる生物兵器であると?これから機動隊ですら恐れるキメラを…こいつらが倒せるのか?武器は?武装は?何もかもがおかしい。


そんなパイロットの不安をよそに、セスナは立ち入り禁止区域の手前に降り立つ。めっちゃ暑そうじゃんウケる、とキャイキャイ楽しそうに二人はセルフィー。パイロットはギロリと彼女らをまた睨んだ。

「おじさんありがとう。安全運転乙でーす。危ないから私たちが降りたらすぐ行ってね。んですぐ終わるから呼んだらすぐ来てね。暑いし」

「蒸すし」

「前髪ヘタるし」

「つかもうファンデ浮きかけてるし」

「いいんだよそこらへんの情報オジサンに教えなくて!早く行って?」


巻き込まれて死んでも責任とれないよ。無邪気な笑顔がさらりと言い放った言葉に、パイロットは背筋に嫌な汗が一筋流れるのを感じた。


「誰もいねーー!!」

「当たり前じゃん立ち入り禁止だから」

荒れた田舎道をずんずん進むあいとあん。事件の爪痕はそこかしこに残っていて、被害状況は言わずもかな見てとれる。

「爆発がうんちゃらとか言ってたよね?何系キメラ?爆発しちゃう系?させる系?」

「しちゃう系だったらもうここにいねーべ(笑)私ら意味ないから(笑)人の金で観光来たんかっつー(笑)」

「でも…」


「「死者が出てないのが不幸中の幸い」」


二人の呼吸が合った瞬間、後ろから突然起こる爆風があいとあんを包む。二人は怯むことなく後ろを振り返り、視線を砂煙の中に移した。佇む陰は、まさに世に名高いキメラであった。

頭部とおぼしき膨らみからは全方位についた幾つもの目がギロギロと忙しなく動き、大きく裂けた口からは止めどなく粘液がこぼれる。4本の筋肉質な腕はだらりと垂れ下がっていて、青い体躯から染み出る不気味な体液は、ぽたりと地面に滴れば小爆発を繰り返していた。

二人はその異形にコメントをするでもなく、いつもの調子で飄々と漫才を始める。

「よー兄弟。最初からそうとばしなさんな」

「歓迎のクラッカー的なアレじゃん?パンパカパーンようこそあいあん的な?」

「マジで?やさおすぎ」

「でも恋人にはしたくないタイプ?」

「誰も申し込んでねーから!」

へらへらとした口調を聞いてか、キメラは幾重も複合した獣のような雄叫びをあげる。


「苦しいよね」

「生まれた意味、わかんないよね」

「人間には任せられないから」

「「終わらせてあげる」」


あんは落ちていた食器からスプーンを取り、口の中に放り込んだ。

キメラは怒り狂うように二人に拳を撃ち込み、爆発させてを繰り返すが、一向に当たる気配はない。蝶のようにひらりとかわす二人は目線を合わせ頷く。

「おやすみ」

あんの目が赤く揺らめくように光る。そしておもむろに口の中に手を突っ込み…スプーンだったものは赤く湯気をたて、イビツなナイフへと変形していた。

キメラが咆哮をあげながらこちらに向かうのに臆する様子もなく、あんはナイフを音もなく投げ込む。


「次は私たちと一緒に、普通の人間に生まれようね。」

切り落としたキメラの首に、あいとあんは寂しげな目で呟いた。





「信人~さら何時に帰ってくるかなぁ…てかあいとあん連絡来ないんですけど…寂しすぎたげんぱく…」

「はいはい解体新書。いいから食べなよ、てか母さんそろそろ終わるってLINEで言ってたじゃん」

さらが作りおきしていたハンバーグにフォークを突き刺したまま、まもるは深いため息をついた。信人はそれを尻目にご飯のおかわりをよそっている。

「そろそろ終わるって、帰るのはまだまだ先じゃん!ここから会社まで何分あると思ってんだし!まじメンヘラる…」

信人が信じられないくらい冷めた目をまもるに突き刺していると、信人のスマホが鳴る。

「父さん、あいからビデオ通話だ…」

信人が画面をまもるに向けた瞬間、まもるはすかさず通話ボタンをタップした。

「やっふぃーーー!どうだい俺のエンジェルたち!」

「「チャーリーズエンジェルかよ古すぎ(笑)ハイチャーリー!!」」

何故二人が知っているのか、はまもるの趣味で見せたからである。

「今どこ?ご飯食べた?タピオカは?」

「結果報告聞けし!無事終わって今トムヤムクンとか食べた~」

「あれ本場の超辛いのマジ酸っぱいの完全ナメてたわ世界マジ広い」

「俺も一緒に食べたかった~」

「いいから父さんはハンバーグ食べなよ。つーかスマホ自分で持ってよ」

信人が冷たいの~俺の息子なのにマジひややっこ(笑)とスマホをもらい受けながら悪態をつくまもるをイチベツし、信人はご飯を掻き込んだ。

「で、帰りいつ頃になる?」

「そうなんタピオカちょーーー美味しかったからお土産にしたくて!だから急いで帰る早く飲んで欲しいマジ!ナイトプール行かないですぐ帰るかんね?めっちゃ家族思いじゃね?」

「うぃーー(略)ーーマジかぁ!!あいとあんとタピオカまじキリンより首長くして待ってる愛してる気をつけて帰ってきてクレソーン!」

「「私たちもまもち愛してる~」」


タピオカちょっと楽しみだな…と食器を下げていた信人を画面の中の二人がステレオで呼ぶ。

「信人も愛してる!運命のたった三人だからね」

二人にこう言われると妙に弱い信人だった。

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