第52話 哀しき赤子

「イ、イルルク……?」

「フェル、ありがとう」

「ほう、オレとイルルクの見分けが付くのか、確かに面白い」


 フェルは、そう言われて初めてしっかりと炎神の方を見た。確かにイルルクと炎神は顔も、魔力も体格も何もかもそっくりだったが、フェルの目からは、イルルクはイルルクにしか見えないようで、不思議そうな表情を浮かべていた。

 イルルクは、自分がどんな姿になったとしてもフェルが自分を見付けてくれるのだと、そう理解して嬉しくなった。

 イルルクも、フェルがどんな姿になろうと分かる自信があった。

 どこからそんな自信が湧いてくるのか、それは分からなかったけれど。


 並んで立つイルルクと炎神を見た教祖は、笑うような泣くような複雑な表情を浮かべた後、二人の前に立った。その身体は小刻みに震えていたが、震えの原因が恐怖心であるのか怒りや悲しみであるのか、イルルクには分からなかった。

 冥界で聞いた話、そして博士の記憶の中で見たものを思い出し、イルルクは教祖が小さな子供のように思えた。


「この世界は間違っている。作り変える必要があるのです。どうして邪魔をなさるのですか炎神様!」

「オレに関係のあるモノを使ったのがそもそもの間違いだ。何故なら、オレほどお前たちの世に積極的に干渉をしにいく神などいないのだから」

「……っ」

「お主の成り立ちには同情を覚えなくはない。だが、だからといってこの世界を壊していいという話にはならぬだろうよ。それにな、オレは楽しい事が一番好きなのだ。お前のやり方はちっとも楽しくない」


 教祖は歯を噛み締め、憎々しげに炎神を睨みつけた。


「魔術院も、貴族も、魔力なしでのうのうと生きている輩も、みな咎人とがびとだ……私のようなモノが生み出された時点で、この世は作り変えられるべきなんだ……!」

「そも、作り変えるとはどういうことだ? イルルクの暴走した炎で世界が全て焼却されたとして、どうして次の世界があると思う? また神が新たな人類を生み出すとでも思っておるのか?」

「はっ?」


 炎神のその言葉に、教祖は本心から戸惑ったらしい。眉間に皺を寄せ、どういうことだと炎神に詰め寄った。炎神はそんな教祖を見て、表情を歪めた。


「…………お主、誰に何を吹き込まれた」


 光の精霊王が言っていた、この世界が滅んでも他の世界があると。もしイルルクの炎で世界が燃え尽きてしまったなら、神と精霊はこの世界を見限り、別の世界へ目を向けるだけなのだろう。


「か、神はこの地を見捨てるのか!? 全ての民に平等な、あ、新たな生を授けてくれるのではないのですか……! それでは……それでは私のやったことは……?」


 教祖は髪を振り乱し炎神に縋り付いた。炎神はもはや教祖に対する興味を失ったようにイルルクを見た。イルルクは教祖の背中を見て、そのあまりの小ささに悲しくなりながら、そっと彼を抱きしめて魔力を注ぎ込んだ。


 炎神も結局手伝っているのだろう。炎神に縋る教祖の腕が燃え始めていた。

 どんどんと教祖が魔力を吸収していくのが分かる。その最中さなか、イルルクは自分の中に教祖の感情が流れ込んでくるのを感じた。ただひたすらに、自分を生み出した魔術院と貴族を憎み、恨んだ。その感情が。

 

「こやつに魔力を食われると、こやつとある程度同化するらしいな。信者どもは恐らく、その同化によって自我を縛られておったのだろう」


 同じ魔力のない子供でも、貴族の子供でも、愛されて育つ子供を見ると憎悪は増した。自分にない物を持つ物たち全てを憎み、恨み、魔術院の中へ入り込んで情報を操作し、魔術師殺しを追う最中に魔力のない子を殺すよう仕向けたのも全ては、その感情に従った結果だった。

 イルルクの中から教祖へ流れていく魔力は、ある所で急に止まった。イルルクはそれでもなお、彼の中へと魔力を注いだ。


「あ、ああ……魔力……魔力なんて……いらな、どうして……わた、しは……た、だ」


 教祖の身体のあちらこちらから紫の炎が立ち上った。それは炎から光へと変化し、彼の肉体を緩やかに分解し始めた。徐々に空気中へ溶け出していくその身体からは血の一滴も零れなかった。

 信者たちは教祖のその様を見て、大抵がローブを脱ぎ捨てて逃げ出した。教祖を最後まで見送ろうとしている者もいた。無表情だった彼らの顔には人間らしい表情が戻っており、教祖の同化が解けたのだろうとイルルクは思った。


 イルルクは教祖の身体が消滅していくのを見送りながら、祈りの言葉を口にした。

 歌うような祈りの言葉は、ばらばらになった赤子たちに届くだろうか。

 にえにされた赤子たちが次の生では幸せに暮らせますように。


 イルルクは、祈った。


「お、俺また魔石になってる?!」

「師匠!」


 もう既に懐かしささえ感じる声が、イルルクの耳に飛び込んできたのはその時だった。

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