第43話 魔術師殺し
次の瞬間、イルルクの視界は一気に開け、その意識は元の研究室に戻ってきた。
心臓がばくばくと煩い。レギィが心配そうに顔を覗き込む中、イルルクは大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐き出した。
あまりにも多くの記憶を視た事で、イルルクの脳内が必死に情報を処理しているようだった。イルルクは眩暈にも似た浮遊感を覚えながら、今自分がいるのは現実だと自分に言い聞かせた。
記憶の最後にあった博士の逡巡、あれは恐らく少女が殺される事を予見しての躊躇いだったのだろう。しかし博士が少女に何かを託さずとも、きっと少女は殺されていた。
イルルクはもう一度大きく深呼吸をし、そしてキリとレギィに見てきた事を順繰りに話し始めた。自分が
レギィは炎神様の半身だなんてすごいと大はしゃぎでそこら中を飛び回っていて、キリは暫く黙り込んだままだった。
イルルクは、自分が人造人間だったと知ってキリが何か酷く衝撃を受けているのだと思った。しかし、キリはしっかりとした声でイルルクに語りかけた。
「イルルク、これから話す事を、落ち着いて聞いてほしい」
「師匠?」
「心が乱れれば、それだけ魔力も乱れる。イルルクの中にはどれほどの魔力が存在しているのか想像もつかないが、いいかいイルルク、冷静でいなくてはいけないよ、教団の連中は恐らくきみの心を揺さぶり、暴走させたいんだ」
「よくお分かりで」
突然聞こえてきた声に、イルルクはびくりと身体を震わせて後ろを振り返った。イルルクの背後には、にこやかな笑顔を浮かべた
イルルクは咄嗟に炎をぶつけた。しかしそれは瞬く間に男性の中へ吸い込まれていき、イルルクは驚きのあまり動けなくなった。
最大の炎を発した訳ではなかったが、それでも人を燃やすには充分すぎる程の熱量であったのだ。
自分の炎が通用しない相手に、イルルクは初めて出会ったのだった。
男性の背後には更に数人の教団の人間が見え、研究室の入り口を塞いでいた。研究室の外にもまだ大勢仲間がいるのだろう。イルルクは自分に向けられる無表情な視線と、それとは裏腹に色濃く感じられる自分への崇拝めいた感情に胸が苦しくなった。
だが、目の前の男性からだけは何も感じない。彼はイルルクを真っ直ぐに見下ろし、貼り付けたような笑顔を保ったまま口を開いた。
「流石はキリルスモーヴ殿。ですが残念。少し遅かったですね」
「お前は……あの時の魔道具屋……!」
「おや、記憶が戻りましたか? 私の事は忘れになったものとばかり」
「師匠が……最後に話した人……?」
「ええ、そうですよイルルク。私が貴方達の探していた商人。私はキリルスモーヴ、貴方を気絶させ、部下にその身体を居住区へ運ばせた。そして」
「イルルク聞くな、先に俺の話を」
「生きたまま貴方に焼き殺させたのです、イルルク」
「え……?」
「イルルク!」
生きたまま焼き殺させた。イルルクの耳に飛び込んできたその言葉はイルルクの頭をぐるりと数周してようやくイルルクの理解出来るモノになった。理解出来たというのはただ、文章として理解できたというだけで、それがどういう意味なのかをしっかりと理解する事を、イルルクの脳は必死に拒んでいるようだった。
キリが何かを言おうとしたが、それは背後の信者が放った風の音に遮られてイルルクの元へは届かなかった。イルルクに届く声は、目の前の男性の声。それだけだった。
「魔石がどうやって出来るのか。どうして魔石が希少なのか。貴方は秘密にされていたのでしょう? 私が教えて差し上げます。魔石はね、イルルク、魔術師が生きたまま高温の炎に焼かれることにより、体内の魔力が消えない内に凝縮されて出来るのです。貴方は魔術師殺しの濡れ衣を着せられたと思っているかもしれませんけれど、安心してください。正真正銘、貴方は魔術師殺しですよ」
「そ……それじゃあ……あの時の……死体……」
「そう、でも、それだけじゃあないですよ? 貴方、燃やす時に記憶の読めない遺体がある事を不思議に感じた事があるでしょう」
「あ……ああ……」
「あれはね、遺体じゃあなかったんですよ。ぜぇんぶ、貴方が焼き殺したの、イルルク」
「うぅぅ……うあぁぁぁぁああ!」
「イルルク!」
イルルクの目の前が、紫に、染まった。
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