第23話 ルドリスの治癒

 イルルクはルドリスが作業しやすいように小さな炎を出して狼を照らした。炎の温度は努めて低くし、間違っても狼の毛が焦げ付いたりしないよう、イルルクは細心の注意を払った。

 ルドリスはキリの指示に従って狼の傷口を探った。土や泥に塗れて固まった毛をほどくのに、まず魔術を使わねばならなかった。

 いきなり治癒の魔術を使うよりも心の準備が出来て良いとルドリスは少し笑い、固まった土を取り払った。

 それから長くふさふさとした白色と灰色の混じった毛を掻き分け、ようやく傷口が見えたのだった。

 それは、何かが狼の体内で弾けたような傷跡だった。皮膚がめくれ上がり、脂肪の下から覗く筋肉の筋も数本切れているようだった。

 掻き分けた毛は途中で切られる事もなく全て綺麗に生え揃っていた為、やはり外からの攻撃による傷ではなさそうだった。


 イルルクとフェルが狼の毛を押さえ、ルドリスは傷の治癒に専念した。

 込める魔力が多ければ多い程、当然回復量は上がる。だがルドリスの魔力量はそこまで多くなかった為、この狼の治療に魔力を使いすぎるとこれからの活動に支障が出る恐れがあった。

 イラランケでルドリス用のインクも買っておけば良かったねとキリは言った。治癒魔法の魔法陣を作っておけば、ルドリスの補助になったからだ。

 イルルクの魔力では治癒魔術の助けにはならなかったのだった。


 ルドリスは初めに、自分の中の魔力量を把握し、その内のどれ程を治癒に使うのか決めなければならなかった。湯船に溜まった水のような魔力を、どの程度の大きさの桶に掬うのか。

 治癒に費やす魔力量を決めた後、その魔力が両手に移動していくように想像する。

 そしてキリに倣って呪文を唱えた。


癒せシルトス


 ルドリスの手のひらから薄い緑色をした光が生まれ、その光が狼の傷口へと吸い込まれていった。

 固唾を飲んで見守るルドリスの目の前で、緩やかに狼の傷口が塞がっていった。荒かった狼の呼吸が次第に整ってくる。

 ルドリスが安心したように息を吐きながらその場に崩折れた。それを見たフェルがけらけらと笑い、イルルクも思わず破顔した。


 狼の閉じられた瞼が開き、狼の身体がぼんやりと光り始めた。

 イルルクたちが何が起きているのかと見つめる先で、狼の巨大な身体が収縮し、見る間に人型に変化した。


「人狼とは珍しい」


 キリが狼だった青年を見て言った。

 青年は一枚の布を身体に合わせて切っただけのような服を身に纏っていた。長い髪はやはり白と灰の混じった色をしていて、月の光が透けると銀色に煌めいて見える。少し尖った鼻が、青年の顔を引き締めていた。

 青年から放たれた魔力の残滓がちらちらと目に残り、イルルクは星空の中にいるみたいだと思った。

 青年はイルルクの腰にぶら下がったぬいぐるみを一瞥し、ふうと一つ溜息を吐いた。


「喋る魔石よりは珍しくない」


 キリは唸り、それから黙った。

 青年はリィフィと名乗った。そしてルドリスに礼を言い、座り込んだままのルドリスに手を差し伸べて立たせた。

 それからイルルクを見て元々鋭い瞳を更に細めた。イルルクは竦んだように動けなくなり、リィフィがイルルクから視線を外すまで直立不動で固まっていた。


其方そなたを追っているのか」

「え」

「我を攻撃したやからだ」

「そんな」

「別にその責任を其方に取らせようと云うのではない。我が傷付いたのはただひとえに我の力不足よ」

「その……ごめんなさい」

「何故謝罪する。其方が追われる原因は其方にはどうしようもない事だ」

「そうですか……でも……」

「良い、許す。それよりルドリス、其方なかなか筋が良いぞ。魔力量は心許ないが、人間はそれすらも克服するのだろう」

「うぉ、そ、そうか……ありがとう」


 ルドリスは突然向けられた自分への褒め言葉に面食らったような顔をし、それから照れたように頭を掻いた。


 リィフィは光の精霊王の里から来たのだと言った。フェルが物凄い勢いで食い付き、精霊王に謁見できないかと尋ねたが、リィフィは言葉に詰まっていた。

 お前には才能がないから諦めろといった内容の事をかなりやんわりと伝えられ、フェルは枯葉を蹴り飛ばしたのだった。


「其方には戦闘の才能があるではないか」

「本当か? アンタから見て才能あるか?」

「ああ、そうでなければ手負いとはいえ我の背後に回りこむ事は出来ん」


 フェルは嬉しそうに飛び跳ねていた。イルルクはフェルがまた落ち込まなくて良かったと思いながらも、自分の言葉でフェルがこんなにも喜ぶ事があっただろうかと考えてしまうのだった。

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