第7話 魔術の師匠

 火葬場には当然だが誰もいなかった。

 イルルクたちは周囲を警戒しながら火葬炉の中に身を隠し、炉口から火葬炉を覗いても死角になって見えない位置に座り込む。それからようやくイルルクは魔石を取り出した。

 ここならば大丈夫だと、けれど漏れ聞こえないようになるべく小さな声で、イルルクは昨日の事を彼に話した。


「ボクのせいだったら、ごめんなさい」

「……君は、魔石の作り方を知っているかい?」

「いえ、知りません」

「そうか。……じゃあ、そのまま、知らないままでいた方がいい」

「え?」

「俺が魔石になったのは、まあ、事故みたいなものだ」

「アンタが喋れるのもか?」

「ああ。喋る魔石なんか聞いた事がない」

「アンタ、名前は?」

「キリルスモーヴだ。長いからキリでいいよ」


 フェルも名乗り、続いてイルルクも名乗った。

 それからフェルはキリに幾つか質問をした。

 キリは元々中央特区の魔術院にいた事。居住区からの商人と個人的に会って話をしていたら気付けば魔石になっていた事。キリの両親は別の街にいて、キリだけがヤクニジューへ移住してきた事。未婚である事。それらを聞いた辺りで、フェルは一番聞きたかった事を口にした。


「魔石は、売らない方がいいよな?」

「是非とも、売らないでもらいたいね」


 イルルクはフェルに、売らないでと言わんばかりに魔石を抱きしめた。

 フェルは分かってるよと笑い、魔石を見た。


「でも、イルルクが魔石を持ってるっていうのは分からないようにした方がいい」

「それはそうだね。魔石は高価だから」

「それなら……」


 イルルクは少女の記憶で視たばかりの、ぬいぐるみの話をした。ぬいぐるみの中に魔石を縫いこんでしまえばいいと。

 イルルクとフェルは二人で金を出し合い、布と綿を買った。

 手芸店の店主に針と糸の使い方を教えてもらい、ぬいぐるみを作り始める。

 最初は人型の物を作ろうとしたが、どうしたらいいのか分からず、結局丸い胴体に尖った耳を付けただけの物になった。途中何度も針で指を刺し、布に血を付けないようにするのが大変だったが、何とか形になった時は声を上げて喜んだ。

 紐を付け、首からぶら下げられるようにした。瞳があるだろう箇所に穴を開け、そこに透明な膜を張る。水生生物であるキュキュラの皮膜だとフェルは言った。イルルクはその穴から外が見えるように魔石を埋め込んだ。


 失敗した時の為に多めに買った布と綿が余ってしまった為、同じ物をもう一つ作った。それはフェルのぬいぐるみになった。

 イルルクは、キリと話しながらぬいぐるみの中の魔石の位置調整をしている間、フェルがこっそりと自分のぬいぐるみにフェルの家で拾い集めていた魔石の欠片を入れているのを見た。

 フェルのぬいぐるみには短い紐が付けられ、腰袋と共にぶら下げられた。


 キリは、自分が何故居住区にいたのか知りたいと言った。

 ぬいぐるみを作り終えた頃には日が傾きかけていて、今から商人の居住区を探して商人に会いに行くのは無理だろうとフェルは言った。

 フェルはキリから商人の名前を聞き、どこの店のやつだか探しておくと言った。


 イルルクは自分の家へ帰った。キリはイルルクの家を見て、家という物の在り方について思いを巡らせているようだった。イルルクが荒ら屋のいい所について熱弁していると、キリは焚き火に火を付けてほしいと言った。イルルクは焚き火の炎が消えかけていた事にそのとき初めて気が付いた。

 イルルクは適当な大きさの炎で焚き火に火を点けた。

 イルルクにとっては何でもない普段通りの行動だったが、キリはそれを見てイルルクの生み出す炎の純度の高さに驚いたようだった。


 イルルクは他の人の炎を見た事がなかった為に、自分の炎に付いて何かと比べるという事をした事がなかった。キリに驚かれた事が、まるで自分の炎を褒められたように感じられてイルルクは喜んだ。

 キリを燃やそうとしたけど燃えなかったから驚いたんだと話すと、焦った声でもう二度とそんな事はしないようにと言われた。イルルクは勿論だと言ったが、キリはそれから暫くイルルクの炎とイルルクの好奇心に警戒していた。


 それからキリは、イルルクに他の魔術も身に付けたいかと聞いた。それだけの炎を生み出せるのならば、きっと他の魔術の素養もあるに違いないと。

 イルルクは身に付けたいとすぐに答えた。イルルクに出来る事が増えれば、もっとリュエリオールの役に立てるようになるのではないかと思ったからだ。


「それではイルルク。俺の事は師匠と呼ぶように」


 師匠と呼ばれる事に憧れていたのだとキリは笑った。

 イルルクも笑って、答えた。


「はい、師匠」

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