第48話 開け、死者の門

 炎神が立ち上がり、イルルクの腕を掴んだ。ぐいと腕を引かれてイルルクも立ち上がる。先程まで炎神よりも小柄だったイルルクの視線は、炎神と同じ高さになっていて、イルルクは思わず自分の足元を見た。

 小柄な少年だった筈のイルルクの身体は、いつの間にか青年と言っても差し支えのない程に成長していて、思わず息を呑む。そんなイルルクを見て炎神は笑った。


「ますますオレに似てきたな」


 炎神曰く、肉体が今のままでは魔力を受け止め切れないと判断して炎神の身体へと勝手に作り替えているのだろうと。炎神の情報は全てイルルクの中に既に取り込まれている為、あとは材料さえあれば作り替えが可能だったのだろうと言った。


 イルルクが今立っている空間は炎神の創り出した世界のような物で、イルルクの物ではなく、炎神の魔力で満ちている為、それを材料にしてイルルクの肉体を炎神に近付けているらしかった。イルルクは今までと少し勝手の違う身体を動かしてみた。レギィを出していないにも関わらず、自分の意思に反して炎が出てしまうような感覚も今はなかった。


「行くか」


 炎神が右手をイルルクの頭の上に翳すと、内側から何かに引っ張られるような感覚がした後、イルルクの肉体から意識だけが抜け出た。イルルクは自分の身体を外側から見ているのだった。


「オレの肉体は精神体と変わらぬが、お前はきちんと肉体があるからな。あっちに行けるのは魂だけだ」

「今のボクは魂ってこと?」

「うむ、まあ最悪あの肉体がなくなっても今のお前ならオレのように、いつでも実体化できる精神体になれると思うが」

「それはもう……人間じゃないよね」

「炎神その二を名乗ってもよいぞ」

「嫌だよ!」


 炎神は冗談だと笑いつつ、冗談ではなかったように残念がってイルルクの手を取った。それから目の前の何もない空間に向かって空いた片手を伸ばす。


「“開け、死者の門シュラルフォイア”」


 手の先から魔力の渦が巻き起こったかと思うと、その渦が見る間に大きくなった。渦の先にはイルルクのいる空間とは全く異なる景色が見える。冷気が渦を通してイルルクの脚を撫でたように感じられて、イルルクは身震いを一つした。

 炎神はイルルクの手を引いて渦の中へと入っていった。


 渦を跨ぐと、辺りは薄暗く、周辺を岩や崖に囲まれた殺風景な場所に出た。後ろを振り替えると渦がしゅるしゅると消えていく所で、イルルクの肉体がその向こうに消えた。

 炎神がパチンと指を鳴らすと、次の瞬間には目の前に一人の少年が立っていた。

 少年は切れ長の赤い瞳に黒い髪、ボタンの多いジャケットに細身のズボンを身に付けていた。少年はわざとらしく溜息を吐いた後、眉間に皺を寄せて炎神にずずいと詰め寄った。


「随分とお久しぶりですねぇぇぇ?」

「そうだったか?」

「そうだったか? じゃないでしょう! 勝手にやって来て勝手に王になったと思ったら何もしないでどっか行って!!! 姫様の事も少しは考えてください!!!」


 全力の意見を述べた後、少年はぜぇはぁと呼吸を整えながらイルルクを見た。そしてボンと音がしそうなくらいに顔を真っ赤に染め上げると、イルルクに向かって両手を左右に振って、また全力の言い訳を始めるのだった。


「い、いいい今の振る舞いは全て忘れてくださいイルルク様! くそ……連れてくるなら連れてくると一言……。気を取り直して、初めましてイルルク様。ボクは冥府の案内人、キトリと申します。そこの炎神にはいつも迷惑を掛けられっぱなしで、早くイルルク様が王になってくださればいいのですけど〜」

「え、ええと」

「イルルク様に送られた方々、結構いますよ。きちんとお祈りしてくださるって、なかなかの評判です」

「そうなんですか……」


 そう言われて、イルルクは少し嬉しくなった。見様見真似で捧げていた祈りだったし、ただの自己満足でしかないと思っていたのだ。まさかこんな所に届いていたとは思いもしなかった。


「リリミアはおるか?」

「居るに決まってるだろ、それと呼び捨てにするんじゃない!」

「リリミア?」

「オレが座を奪う前、冥府の女王だった女だ」

「今だってあんたがいない間、姫様が管理してるんだからな! 管理する気もないのに王の座なんて奪うなよ!」

「あの、王の座はボクに譲ったってさっき炎神様に言われたんですけど……」

「は? 目覚めてもいないイルルク様に王の座を押し付けておいていけしゃあしゃあと……」


 キトリの言う事には、冥府の王の座はまだ炎神にあるという事だった。確かにイルルクに力の半分を渡す際、冥界絡みの権能も一緒にイルルクに流れてはいたのだが、イルルクが成長しきるまでは炎神が治めるのが筋だろうという話になったのだそうだ。

 イルルクに冥界絡みの権能が全て流れてしまったのだという炎神の言葉も、冥界の者たちからすれば、勢いで冥府を手に入れたものの結局手に余り、ワザとやったに違いないと。

 しかし、冥界で行われたその取り決めを聞く耳も持たず、炎神は冥府から姿を消してしまい、今に至るのだそうだ。


 光の精霊王から聞いてはいたものの、炎神のあまりの自由さにイルルクは言葉を失った。

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