第30話 イルルクの弟子志望

 埋葬を終え、イルルクたちがカロラルンの入り口に向かおうとすると、一人の少年がイルルクの前に立ち塞がった。

 イルルクより少し幼そうな顔をした少年は、顔や手足を土で汚した格好のまま、長くも短くもない薄茶色の髪を揺らしてイルルクを真っ直ぐに見つめた。


「俺を弟子にしてください!」


 そう叫んだ少年の言葉に、イルルクは目を丸くした。

 少年は名をノーシュと言った。ノーシュは魔術が使える訳ではないらしかったが、魔術に強い憧れがあるのだと。ノーシュは孤児院育ちで親は無く、今は墓守の手伝いをして日々食い繋いでいるようだった。


 イルルクは知らなかったが、魔術師というのは滅多に会える者ではないらしかった。ヤクニジューの中央特区には多数の魔術師がいるが、それは魔術院が魔術師に対してかなりの優遇措置を取っている為であるようだ。

 魔術院から離れた魔術師も勿論いて、居住区を牛耳る《ぎゅうじ》各ファミリーにも数人程度お抱え魔術師がいたようだった。


 各都市にも魔術師はいるのだろうが、基本的に街中で魔術を行使する事はない。

 ヤクニジューでは時折、ファミリー同士の抗争に魔術師も混じる事があったようだが、イルルクは抗争の可能性がある地区には殆ど立ち入った事がなかった為、そのような魔術師同士の戦いがある事すらも良く知らなかった。


 魔術を使うのは大抵が物理攻撃だけでは倒しきれない獣を倒す為らしかった。

 だが、そんな獣も人里離れた場所に発生した時点で駆除対象であり、競い合うように魔術師たちによって倒されてしまうらしい。

 どうやら各都市部のそれなりの地位を持つ者は自身の護衛をさせる為に魔術師を雇うようだが、それでも日常生活を送る中で魔術師が出てこなければならない程の命の危険が沢山あるのかと云えば、そんな事はない。

 その為、普通に生活しているだけでは魔術師と出会う機会は皆無なのだそうだ。


 確かにイルルクはヤクニジューにいた頃、自分以外に魔術を使う者には会った事が無かった。炎の魔術を使える者でも滅多に火葬人になりたがらないと云う話は聞いた事があったが、それはもしかしたら中央特区の魔術師たちを指して言っていたのかもしれなかった。

 中央特区でそれなりの待遇が約束されているのに、わざわざ火葬人になる魔術師はいないだろう。イルルクは一人納得した。


 ノーシュは鼻息を荒くしながらイルルクに迫った。魔術を見たのも初めてだが、あんなに美しい炎を見たのも初めてだと。

 自分が死ぬ時もあんな炎で焼かれて死にたいとまで言い出すノーシュに、イルルクは戸惑った。フェルは呆れ顔でノーシュを見ていて、イルルクが断れないのなら自分が断ろうかと目配せをしてくる。


 イルルクは、悩んだ。

 ノーシュにとって、これは言うなれば人生の大きな分岐点である。その選択肢を、イルルクが閉ざして良いものなのだろうかと。そう考えてしまったのだった。

 しかし、だからといってイルルクの弟子にする事は出来ない。イルルクは自分自身の事だけで精一杯だったし、何より炎の魔術しか使えないのだ。

 現時点でノーシュにキリの事を明かすのは危険すぎる為、キリの弟子にする事も出来ない。


 イルルクは暫く考えた後、ノーシュに一つの提案をした。それは、ノーシュをイルルクたちの仲間に加える事だった。

 しかし、イルルクの弟子としてではない、単なる同行者として。

 イルルクは、自分が今後ヤクニジューの中央特区に行かなければならない事、そして中央特区には多数の魔術師がいる事をノーシュに告げた。

 中央特区へ行けばイルルクよりも遥かに魔術の先生として相応しい魔術師がそこら中にいる筈で、弟子になるならばそちらの方がいいと。

 カロラルンに居ては確かにイルルクとしか出逢えなかったかもしれない。しかしイルルクたちに同行するならば、他の魔術師と出逢う機会は格段に上がる。


 ただし、とイルルクは続けた。

 今、イルルクはお尋ね者である事、そして今しがたイルルクたちが埋葬した者達が子供を殺している事、更に彼らを殺害した集団がイルルクを付け狙っているらしいという事、それらを掻い摘んで説明する。

 即ち、イルルクと行動を共にすると云う事は、それがそのまま命の危機に直結するという事である。

 ノーシュの選択肢を減らしたくはないが、それでノーシュが死んでしまっては元も子も無い。今、無理にイルルクたちと来なくとも、魔術師に出逢う可能性が無くなる訳ではないのだから、ノーシュにはまず自分の命を大事にしてほしいのだった。


 しかし、ノーシュはすぐに同行する事を申し出た。イルルクよりも師匠に相応しい魔術師が沢山いるという部分には首を傾げていたが、それでもノーシュはこれ以上カロラルンに居続ける事を良しとしなかった。

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