第4章 森、再び

第21話 イラランケに別れを

 執事が慌てて主人を呼びに来た事で、イルルクたちはドルビルの死を知った。

 夫人が気を失い、ホーランド伯は血相を変えて怒鳴り散らす。

 その騒ぎに便乗してイルルクたちもドルビルの元へ向かった。


 物置の中央に力なく横たわるドルビルの死体は、イルルクたちを小馬鹿にした人間と本当に同じかと思うほど青白く、胸には深々とナイフが刺さっていた。

 ナイフは骨董品として物置の隣にある保管庫に置いてあった物らしかった。柄の部分に見事な彫り物がなされており、骨董品としての価値はかなり高いだろうと思われた。だがそのナイフも今は血にまみれている。


 イルルクは、呆然と立ち尽くした後、ドルビルを哀れむようにその傍に膝を付き、そっと手を握った。ドルビルの記憶が流れ込んできたのを確認して一度目を閉じ、ルドリスに目配せをする。

 ルドリスはホーランド伯に一言二言声を掛け、フェルとイルルクを伴って住まいを後にした。

 気が付いたらしい夫人の悲痛な泣き声が、いつまでもイルルクの耳に残った。



 宿に戻り、イルルクはベッドに腰掛けてドルビルの記憶を視る事にした。

 死の瞬間を体感すると動揺する時があるからと前置きをし、イルルクは目を閉じた。耳を塞ぎ、自分の中へと落ちていく。


 ドルビルの記憶を早回しで追い掛けていく。

 ドルビルは、自分の部屋にいたようだった。

 部屋の外に誰かの気配を感じたのか扉を開けようとして、その前に開けられた扉の向こうにいた人間を見て、イルルクは動揺した。

 それはヤクニジューで視た、あの男たちに良く似ていた。


 男はドルビルの口を塞ぎ、物置へと案内させた。

 物置へ向かう途中、男は保管室の前で立ち止まると、扉を開けて中を覗き込んだ。保管室の扉を閉めた男の手には、あのナイフが握られていた。

 それから男はドルビルと共に物置へ入った。ドルビルの目を覗き込み、イルルクには聴き取れない言葉を呟いた。それは呪文のようだった。

 ドルビルは男の期待に応えられなかったようで、男はあからさまに失望を顔に浮かべ、そしてあの時の少女と同じように、ナイフに刺されていないのにも関わらず、イルルクの身体には何かに刺されたような感覚が残った。

 ナイフは、見せかけだ。


 イルルクは慌てて、ヤクニジューで見た男と同じ男がドルビルを殺したと言った。

 男は恐らく魔術師で、呪文を唱えずに人の肉体を切り裂いたりする事が出来るのだとイルルクは付け足す。

 キリが、風か水の魔術師だろうと言った。イルルクは水でない事を願った。相対した時、イルルクの炎で何とかなる相手であってほしかった。


 イルルクたちがイラランケにいる事に気付いている素振りはなかったが、しかし同一の男による殺人が起きた街に長居する理由はない。

 イルルクたちは目立たぬよう、ヤクニジューから出る時に着ていた服に着替えた。

 一度袖を通したきりの高い服を、なるべく皺にならないように折り畳む。もし道中売れそうであれば売り払おうと、袋に包んでイルルクが背負った。


 宿の入口から出ていく訳には行かず、イルルクたちは部屋の窓から抜け出した。雨樋あまどいを伝って地面に降り立ち、夜の闇に紛れてまた街を出る。


 街一番の富豪の息子が殺された事は、もう街中に伝わっているのだろうか?

 歓楽街は相変わらずの輝きを放っていて、街は普段通りの時間を刻んでいた。


 イラランケの街の出入口は一つしかなく、周囲をイルルクの身長よりも高い壁が覆っていた。しかし居住区の奥に、商人用の小さな出入口がある事をイルルクたちは知っていた。

 ただ、ホーランド伯が命じたのだろう、普段はいない見張りが二人、既に門の前を固めていた。見張りが三人だったならば、イルルクたちは見咎められていたかもしれない。しかし、見張りは二人だけだった。


 ルドリスとフェルが一人ずつ気絶させ、イルルクたちは街の外へと逃げ出した。

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