射た矢の行方は

花音

第1話


 ―あの人の目線を奪いたい―

 ふと、そう思った。今日も弓道部の練習をぼんやりと眺めていた時のことだった。

 最早日課と化していたこの時間だけれど、こんな気持ちになったのは初めてだった。

 真っ直ぐに的を見る目線を、自分だけに向けてほしくなった。そんな自分の気持ちなど露知らず、彼は淡々と練習に励んでいる。

 ―トンッ―

 的に当たる音を聞きながら彼を見た。サラサラとした黒髪に弓道衣がよく似合っていて、思わず見惚れる。

 「!!」

 彼がこちらを向いた。合いそうになる目線を慌てて逸らす。丁度練習中の女子がいたので、彼女を見ていたように誤魔化せただろうか。

 彼の練習は終わったらしい、友人と談笑しながら着替えに向かっていく。

 自分も帰るか、とその場から踵を返した時だった。

 「練習見てたでしょ。」

 時間が、空気が、止まった。

 彼がそこに立っていたのだ。

 「どうして毎回見てるの?間違ってたら悪いんだけど、俺を見てるよね。」

 怪訝そうな声色。心臓がばくばくする。頭が真っ白になって、何も出てこない。やっとのことで絞り出した言葉は。

 「あの、その、貴方に憧れてて。それで。」

 今度は彼が固まる番だったようだ。長く彼を眺めていたけれどこんな表情は初めて見た。鳩が豆鉄砲をくらったような、というのはこういう顔のことだろうか。考えてみれば遠くから練習を眺めているだけの自分には当然の事だったのだけれど、なんだか新しい一面を見られたようで嬉しくなって小さく笑ってしまった。

 「何。」

 笑ってしまった事が伝わったのだろう、いささか不機嫌そうに彼が問う。

 僕は慌てて、そう、慌てすぎたのだ。

 「付き合ってください。」

 今度こそ、時間も空気も止まった所じゃない。凍った。

 

 これはこんな出会いの僕と彼の話である。

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