好きな子イジメなんてくだらない

無月兄

第1話

 8月も半ばに差し掛かったその日、彼の部屋では賑やかな声が飛び交っていた。

 そこにいるのは四人の子供達。小学三年生のアヤとコウジ、それに一年生のコタロウと今年四歳になった幼稚園児のミウの兄妹だ。


 子供がそれだけ集まると、当然色々と騒がしくなる。と言うか、うるさくなる。

 その様子を見ながら、彼、三島啓太みしまけいたは面倒そうにため息をついた。


 中学三年の夏休みと言う貴重な時に、どうしてこんな子供達のお守りなどしなければならないのか。口にこそ出さないが、そう思わずにはいられない。


 しかし今さらそれを嘆いても仕方ないだろう。

 そもそもこんな事になったのは、彼の家がお寺をやっている事に起因していた。


 お寺にとって、一年で最も忙しいのはお正月。そして二番目はお盆である今の時期だ。


 それはここのように、街の一角にある有名どころでもない小さな寺であっても変わらない。そのため毎年この時期は、助っ人として親戚に応援を頼むのが恒例となっていた。

 しかしその親戚達にも家族がいる。子供がいる。一部は家で留守番させておく事もできるのだが、こぞってここに連れてきて啓太が面倒をみると言うのが、いつの間にか毎年の習慣みたいになっていた。

 そこに、啓太本人の意思はない。普段家の手伝いなんてしないのだからたまには役に立て。そんな一言で、今年もまたこの役目を勤める事となった。


「お前達、少しは静かにしろよ」


 自分を含めたった五人だと言うのに、セミの声もかくやと言う騒がしさだ。今本堂にはお客さんが来ているので、あまりうるさくするのは良くない。

 とは言えこの啓太の部屋は寺の裏手にあり、少しの騒ぎでは表まで声が漏れる心配はないだろう。しかし……


「いたっ!」


 アヤが小さく声を上げた。見ると、どうやら頭にゴムボールをぶつけられたようだった。ボール自体は柔らかく、決してケガをするようなものではないのだか、アヤは嫌そうな顔をして、ボールをぶつけた相手を見つめる。コウジだ。

 逆にコウジは、そんなアヤの様子を見てニヤニヤと意地悪そうに笑っていた。


「コウジ、なにやってる」


 見かねて注意する啓太。

 こう言う時は自分が手を出さずとも年長者上手く沈めてくれるのが理想的なのだが、その年長者がアヤとコウジだ。特にコウジと来たら、さっきから暇さえあればアヤにちょっかいを出している。


「お前、なんでこんな事するんだよ」

「うるせーな。コイツがトロいのが悪いんだよ!」


 全く悪びれる様子の無いコウジ。オマケに口も悪く生意気だ。


 いとこ同士のこの二人は、年が同じと言うだけだなく家も近所で学校も一緒。付き合いで言えばこの中の誰よりも深かったりする。

 なのにコウジは普段学校でもアヤに対してはこんな態度らしく、おかげでアヤは彼に対してすっかり怯えてしまっている。今なんて、逃げるようにして啓太の後ろに隠れてしまっていた。


 啓太の記憶では、昔はコウジもこんなじゃなかったはず。むしろアヤとも仲が良かった気がする。なのにいったいどうしてこんな事になってしまったのだろう。


 いや、実はと言うと啓太には、コウジがアヤに対してこんな事をする理由に心当たりがあった。

 だがその理由を思えば思うほど、彼を注意せずにはいられない。


「お前な、こんな事してたら後で絶対後悔するぞ。絶対だからな!」


 今度は、少し厳しい口調で注意する。できることなら、これで少しでも悔い改めてくれる事を願った。

 しかし、こんな事で懲りるコウジではない。


「いちいち啓太はうるさいんだよ。そんなんだからいつまでたっても彼女の一人もできないんだぞ!」

「……………………」


 ゴチンと大きな音がしたかと思うと、そこには痛そうに自らの頭を押さえるコウジの姿があった。口で言っても聞かないやつを甘やかしてはいけないと言うのが啓太のしつけ方なのだ。


「啓太くん、ありがとう」


 コウジに怯えていたさっきまでとは違い、啓太にべったりとくっつきながら、アヤは笑顔でお礼を言う。


「またアイツが何かしてきたら言えよ。何とかするから」

「うん!」


 勢いよく返事をするその様子を、コウジは悔しそうに見つめていた。


(そんな顔するくらいなら、最初からいじめるんじゃねーよ)


 コウジが悔しがっているのはきっと、たった今自分に殴られたからでも、今後しばらくはイジワルができないからでもないだろう。

 アヤが誰かと、特に自分と仲良くする度に、コウジは不機嫌になってイジワルを仕掛けるようになる。反対に、たまに仲良くできた時は、凄く嬉しそうな顔をする。

 つまりは、いわゆる好きな子いじめと言うやつだ。

 そんな事をしたって嫌われるだけだと言うのに、バカなやつだ。


 だがそこまで思った時、啓太の胸にチクリと痛みが走ったような気がした。


(バカなのは俺も同じか)


 コウジを見ていると、何とかして止めさせようと思えてならない。それは、アヤがかわいそうだからと言うだけではなくて、昔の自分を思い出すからだ。


『おーい、お前の背中に幽霊が取り憑いてるぞ!』

『やだ、やめてよ!』


 今思うと、どうしてあんな事をしたんだろう。事ある毎に変なことを言っては、彼女を怖がらせては楽しんでいた。

 我ながら、バカなことをしたものだ。できることなら封印したい過去だ。


 そして、彼女と一緒に思い浮かぶ顔がもう一つ。


『お前な、女の子にはもう少し優しくするもんだ。好きな子をイジメたって振り向いちゃくれないぞ』


 思い出したとたん、カッと顔が熱くなる。たしかこれを言われた当時も、同じような反応をしたような気がする。


 彼女を苛めていると、何度も出てきてはそれを止めていたアイツ。その顔が、今でもハッキリと思い出せた。

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