きこえますか

 老いらくの恋はただでさえ粘っこく、まして若い者同士への嫉妬が絡むのであれば、その妄念たるや鬼も三舎を避けようというもの。

 重晴にとってまこと面白くない事に、親戚中で無能のぐうたらと言われ続けてきた鞠大名めが、近頃では見違えるように活発になってきた。あれだけ面倒くさがっていた歌会や狩りにも積極的に顔を出し、方々の貴族と盛んに話の花を咲かせ、時には得意の蹴鞠を披露して満座の喝采を浴びたりなどして、あくまで道楽者ではあるものの、なかなか面白い人物だと評判があげている。

 無論、比丸のためである。お調子者の鞠大名は美貌の比丸に蹴鞠の技を褒められて、妙に自信をつけている。その自信が鞠大名の性情を活発にさせ、評判を呼び、ますます浮かれるのだ。そして鞠大名があちこちへ顔を出すたびに、元から顔の広い重晴とも同席することが増え、重晴の従者である比丸とも近くなるのである。そして比丸と鞠大名は密かに親密の度合いを高めている……。

 というのが重晴の苦悩であった。愛しい比丸。可愛い比丸。どこそこの会へ出るから牛車を出せと命じた時の、喜びに満ちた花の笑顔。その花に憧憬の水を注ぎ恋の肥やしをやっているのは誰だ。己ではない。鞠大名だ。たかだか鞠を蹴飛ばすだけの能無しのくせに、そいつに会えるからと比丸は喜ぶのだ。

 きい、悔しい。ただでおくものか。重晴がそう思うのも無理はない。

 そうしてこの老獪な貴族の頭に、悲劇の坂を転げるように、あの恐ろしい計略がふつふつと湧きあがって来たのだったが――。


「坂本さんじゃないですか!」

 鞠の弾むような声で店主の話を打ち切ったのは、制服姿の下野だった。この夏日照の下を走ってきたらしく、上気した頬にべっとりと毛先がくっついている。

「下野さん、どうしてここに」

「どうしてって、バスボを買いにですよ。坂本さん聞いてくださいよ! 私、部活の間ずっとお腹空いてて、今にもバスボに噛みついちゃいそうで、もうホントに我慢するの大変で……」

 下野は犬のようにカウンターへ駆け寄ってきて、想いの内をぶちまけ始めた。よほどの飢餓と戦ってきたのだろう。その苦悩は理解するが、ちと汗臭い。

「まぁまぁお嬢さん。まずはタオルと水でもどうぞ。それからこれを」

 老店主はこの闖入者に動じることなく、例のピンポン玉を摘まみだしてカリンとやった。

「あらっ!」

「たまっころは皆飢えてますからねえ。店に入った途端に顔に出るんですよ。ささ、どうぞどうぞ」

「いいんですか? いただきます!」

 どうもこれでは話の続きは聞けそうにない。もっとも、あまり遠い昔の話をされたところで、今の僕らにどう影響するのかわからないのだが。

 ご相伴にあやかってピンポン玉をもう一ついただこうとすると、突然カバンの中から着信音が響いた。こんな時に誰だろう。仕方なく通知を見る。

「『生駒いこまかおる?』」

 汗臭い顔が勝手に横から覗きこんだ。なんて常識のない奴だろう。僕は舌打ちをしながら答えた。

「僕の彼女です」

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