第2話 伊賀の里の滅亡(後編)

「一体全体あの龍はなんだったんだ・・・?」


「伊賀者の忍術じゃないのか?」


「あんなものに襲われたら、如何にわれらでも歯が立つまい」


「やべぇ、考えただけでも鳥肌がたつ」


兵たちは今起こった土地全に出来事について話し合っていた


話すことによって少しでも恐怖心を紛らわしたかったのかもしれない


『とにかく、現状が分からねばどうにもならん』


ようやく、心に落ち着きを取り戻した信長は斥候に命じる


「様子を見てまいれ」




戻ってきた斥候の報告してきた内容は、先ほどの出来事に追い打ちをかけるような突拍子のないものだった


「みなのもの、龍は去ったとはいえ未だ安全とは言えぬ、気を引き締めつつ進めぃ!」


信長は、報告の真偽を確かめるべく、号令をかける


そうして、織田軍は、今まで以上に周囲を警戒しながら、伊賀の里へと進軍を再開した


何事もなく伊賀の里までたどり着いた5万の織田軍を迎えたものは、伊賀忍軍ではなかった


約一万の伊賀忍軍だったはずの者たちだった




「それで誰一人として自分たちが忍びだった事を覚えているものはおらぬのだな?」


信長は、取り調べをしていた家臣にそう問いかける


「はい、取り調べたものはみな口をそろえて、『自分たちは、ただの百姓だ』と言い張っております」


「わが軍の忍びにも確認しましたが、いかに伊賀者でも、一度にこれだけの者たちに術をかけるなど前代未聞との事でした」




信長は、改めて、自分が目にしたものが真実であったこと、龍の力がもはや人知を超えたものであることを痛感した


しかし、その半面、疑問も残る


『なぜ、あれほどの怒気を発していた龍が、だれも手にかけずにこのような術を施したのか』



そう思案している折に、家臣から報告が入る


「殿、ただ一人幻惑の術にかかっていないものが見つかりましてございます!」


「何!? そのものを連れてまいれっ!」


(一体どういうことか? あれほどの存在が、ただ一人と言え、術をかけ損ねた?)



信長の前に現れたのは、一人の老人であった、以前に大きな怪我を負ったたか、右足が義足であった


見かけはただの百姓にしか見えないが、眼光鋭く、恐らく元忍で、怪我の為に忍び働きが出来なくなったのだろうと信長は推察した


「その方は、すべてを見ておったのか?」


「はい」


「仔細を離せ」




老人の話では、今の状態を引き起こしたのは、雷蔵と言う一人の忍びだと言う


雷蔵は、織田軍の伊賀の国攻略を知り、家族を逃がすつもりであったらしい


しかし、それを上忍達に悟られ、忍び働きで里を離れた際に見せしめとして、妻と死んだ仲間から引き取った兄妹を殺されてしまった


忍び働きから帰り、無残な姿へと変わり果てた家族を見た雷蔵は、泣き叫び、怒りの咆哮を上げた


ひとしきり声を上げた後、意を決したように、一心不乱に九字を切り始めた


雷蔵を取り囲むは、女子供を除いた一万の忍び


伊賀で並ぶものなしと呼ばれた凄腕とは言え、一人で何が出来るものかと、上忍たちも嘲笑っていた


しかし、雷蔵の気が急激に高まり、体が光を帯び始め、今までに感じたことの無い感覚を覚え始めると、焦り手下に雷蔵を殺すように命じた


無数の手裏剣や致死毒を塗り込んだクナイが、雷蔵の体に突き立つ


しかし九字切りの動作が止むことはなく、光はますます強くなり、あまりのまばゆさに彼の姿が見えなくなった時、雷鳴が轟いた


そして、光が薄れようやく視界が戻ってきたとき、雷蔵がいた場所には、巨大な龍の姿があったと言う


現れてから、龍は誰一人身動きが出来ないほどの怒気を発し続けていたが、しばらくしてそれが嘘のように霧散する


龍は、村全体に幾条もの雷を放ちそれが終わると、天へと昇って行った


気が付けば、家族のの亡骸も忽然と消えていたそうだ


「それからしばらくした後、織田軍の皆さまがお着きになったと言うわけでごぜぇますだ」


そう言って、老人は話を終えた




「ああ!肝心な事がもう一つ、龍から信長様に言伝を預かっておりましたわい」


思い出したように、老人は竜からの言葉を信長に伝えた


龍は直接話しかけることなく、老人に意思を伝えて来たと言う


「俺が奪わなかった命を、信長様も奪わないで欲しいと」


「龍はそう申したのか?」


「はい、そうわしの頭の中に、声が届いたのでございますだ」


しばらく思案したのち信長はこう答えた


「相分かった」


「伊賀の忍は、この信長が根絶やしにした」


「民百姓に罪はない、命は奪わん」


そう言い残し、信長軍は、伊賀の国にある他の拠点攻略に向かっていったのだった


もちろん、全く不安がぬぐえたわけではない為、伊賀の里には数年間監視が付けられた


その間、怪しい動きは一切なかったと伝えられている



こうして、忍びの拠点としての、伊賀の里は一人の忍びによって滅亡した

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