晴明神社にて式鬼神バトる その4

 その瞬間。

 さきほどまであった強烈な威圧感のようなものは消え、鬼神と化していたアワビちゃんの姿も消えていた。

 玉ねぎのみじん切りサイズにされた無数の鬼助の残骸だけが残っていた。

「「「「「「ふう、もうちょっとでミンチにされるところだったぜ」」」」」」

 ハンバーグかよ。

 ていうかお前も時代背景的にミンチって言わず、せめてひき肉とか言えよ。

 鬼助達は再び合体して四人組になる。

 決して強くはないけど、死なないって有用スキルじゃないか。

 賢い奴が使えば使いどころのあるキャラだと思う。


 ボクは清明の方を見る。

 すると彼は破顔一笑し、柏手を叩いて称賛してきた。

「いやぁお見事。霊力の供給を断ち切るなんて、不思議な力を持っているね」

 なんだか、目の奥は笑っていないように見えるのは気のせいだろうか。

「その力があれば陰陽師としても良いところまでいけるんじゃないかな。どうかな、私の右腕として働く気はないか? きっとたおやかなる陰陽師として宮中で活躍できるだろう」

 そう言って右手を差し出してくる。


 ここで握手を交わせば晴れて陰陽師、ということだろうか。

 ボクはもっと穏やかな日常を送りたいのであって、こんなバトル漫画みたいな九死に一生を得る日常系は望んでいない。

 源氏物語の書評とか書いてる人とヲタトークするくらいの方が性に合っている気がする。

 ボクが手を伸ばせないでいると、清明はその手を下ろした。

「まぁ無理にとは言わないさ……」

 良かった、わかってくれたらしい。

「ならば――」

 清明は袖から式札を取り出し、呪文のようなものを唱える。

 足元に巨大な五芒星が浮かび上がり、ボクを包み込むように光の柱が現れる。


「ならば、君には『式鬼神』として働いてもらおうか!」

 清明が不気味な笑みを浮かべる。

 ……は? 何言ってるんだ、この人。

「人間を式札に閉じ込めるのは苦労したよ。何より言うことを聞かないからね。でも、失敗をいかして研究を進め、今度こそ完璧に人間を式鬼神として転生させてやるのさ! なあに心配ない、人だった時の意識なんて消えてしまうから痛みも苦しみもない、ただ使役されるだけの存在になるから安心し給え」

 いやいやいやいやいやいや。

 頭おかしいのか。

 あっ、もしかして道満って式鬼神にのか!?


 逃げ出したいのに体が動かない。

 少しずつ体が熱くなってくる。

 鬼助はというと、この光の柱に当てられて式札との霊力が隔絶されたらしく、塵のように消えていった。

 やっぱ役に立たねぇな、あいつ!

「ふふ、さぁ、こちらを御覧なさい」

 清明が甘い声で話しかける。

「ほーら、あなたは段々式鬼神になりたくなーる……」

 紐を通した延喜通宝を、まるで五円玉で催眠術をかけるようにブラブラと左右に揺らす。

 鉛のような鈍い色合いが足元の光の輝きと相反してなんだかシュール。


 しかしその銅銭から目を離すことが出来ず、じっと目で追っていると段々と意識が薄れていく。

 朦朧としていく意識の中で、ボクは体を揺さぶられている感覚に襲われていく。



「――おいっ、君、しっかりするんだ!」

 誰かがボクの肩を揺らしている。

 暗闇の中、スポットライトのように晴明神社の照射を浴びて目が慣れない視線の先には暗めの目指し帽だけが見える。

 ようやく視界が光に慣れてくると、そこに居たのは警官だった。


「こんな遅い時間に一体どうしたんだ!? 君中学生? もしかして家出とかじゃないだろうな!」

「えっ、あっ、い、いやっ……」

 突然大声で話しかけられて驚いてしまい、言葉が出てこない。

 今中学生って言わなかったか? とか、家出と決めつけるには夜八時は早すぎるだろとか、後から文句は出てきたのだが、この時は多少高圧的な態度もあって気圧されてしまい何も言えなかった。

「あー、スマンスマン。怖がらせちゃったな」

 ボクがあまりに怯えた表情をしていたのか、急に砕けた態度で接するようになった。

 もしも勝ち気な姉ならば「税金を貪る国家の犬がっ!」などと喚き散らしていただろう。色々派手にやってきたから、警察からも目をつけられていた。

 だがボクにそんな勇気はない。

 むしろ一人怪しく立ち尽くしている不審者を不審者扱いせずに接してくれる良い人じゃないか。


「――あら」

 不意に、警官の後ろから声がする。

 制服に学生カバンをぶら下げて、高校生の割には随分と大人びた顔つきの――妹だ。

「もしかして、つっきー?」

 ボクの目をじっと見るようにして言葉を発する。

 そして一瞬で全てを理解したボクは、やや演技がかった声で言う。

「わーん、お姉ちゃーん!」

 ボクは駆け出して妹――つまり、阿納桧季水果あのひの きみかに飛びかかる。

「え、ああ、あなた、お姉さん?」

 まだ少し疑いのまなざしでその警官は妹の方を見る。 

「ええ、私はちょうど塾の帰りでして。この子ったら、いつも迎えに来てくれるんです。暗くなるから危ないっていうのに」

 そう言いながらボクの頭を撫でる。

 割と慣れているのだが、人に見られると恥ずかしい。

「なんだ、そうだったんですか。これは失礼しました」

 まるで大人に接するように、しっかりと一礼して彼は一歩近づく。

「こんな暗くなるまで出歩いちゃダメだぞ」

 まるで子供に言い聞かせるように声をかけられる。


「では、私はこれで」

 その警官は堀川通を南向きに進んでいった。

 ある程度離れて見えなくなるまで待ってから、妹へ話しかける。

「……いつまで撫でてるんだ」

「えー、たまには良いじゃない」

「なんだよ。普段人前じゃ赤の他人かってくらいよそよそしいくせに」

「だってつっきーのピンチだよ。もう慣れっこじゃん」

「慣れてたまるかっ」

 ボクは背が低く幼く見られがちな上に、この妹ときたら背はボクより高く言動も大人びているために制服でなければ高校生にすら見られないために、妹のはずが姉扱いされることが多々ある。

 今回のように逆にそれを利用することもあるのだが。


「それにしてもあの警官、ボクを中学生呼ばわりしてたな」

「暗くてあまりよく見えなかったから、背格好でそう思ったんじゃない」

「せめて高校生だろう」

「良いじゃない、私なんて学生証出さないと高校生って信じてもらえないことの方が多いのに」

 いいなぁ。

 なんて本音を口にしたら、多分二の句が継げないような顔をされるだろう。

 お互いに無いものねだりなのかもしれない。


「あ、もしかして、噂のことを確かめようとしてくれたの?」

「まぁそれも一応ある」

 何度手で払い除けても頭の上に手を置かれるのでいい加減諦めて現状を受け入れることにしたのだが、そう答えた途端頭をバシバシ叩かれる。やめろ、スイカの音を聞くようなノリで叩くのはやめろ。

「やだぁもう、つっきーったら本当にやろうとしてたのー?」

「どうせ中には入れなかったから意味はなかったけど」

 ボクがため息交じりに言うと、頭を叩くのをやめ、うーんと口元に手を当て何か考え出す。

 そして思いついたように声を出す。

「じゃあさ、どっか行こうよ、パワースポットってやつ」

「えー」

「今日のお礼ってことで」

「えー」

「おまわりさーん」

「よし、行こうじゃないか」

 こうして、ボクは妹と異世界……じゃなかった、パワースポット巡りに出かける約束をした。


「今日もまた異世界へ行けなかった」

 一条戻橋に落ちていた紙とペンを拾い、次なる計画を立てる。

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