第47話 伝説

 ステージから見える観客席には沢山の観客がおり、まるで先週に夢で見た光景と同じだなと和彦は思いながら、ギターの弦をかき鳴らす。


 咲もまた、弦をかき鳴らす。


 バックの音楽に、彼等がこの日の為に作り上げた、EDMとヒップホップをミックスさせた音源が流れ始める。


「退廃的な空に……」


 咲の演奏と歌声が始まる。


 和彦の演奏が始まる。


「鴉飛びかう空の下……」


『ギャアギャア……!』


 どこからともなく鴉の大群が集まってきており、和彦は恐怖を感じてギターの演奏を思わず止めそうになる。


(ここで逃げたら俺は一生ヘタレのままだ!)


 和彦は、自分を奮い立たせ、ギターを強くかき鳴らす。


 鴉の群れがステージ前面の一点に集中し、それが人の形をとる。


(琴音……!?)


 黒装束を着た琴音が、そこにはいる。


『ねぇ、捧げてよ、私の為のレクイエムを……!』


 琴音の声が和彦の耳に聞こえる。


 大歓声が巻き起こり、観客席にダイブしようと、馬鹿丸出しの魂胆でステージに登ってくる観客を警備員が取り押さえようとしているのが和彦の視界に飛び込んでくる。


 和彦の視界は真っ暗になっていき、意識は消えた。


 ♫♫♫♫


 和彦が目が覚めると、隣には咲が心配そうな表情を浮かべて和彦を見ている。


「……!?」


 和彦は辺りを見回すと、雲がないのにも関わらず、絵具で塗られたかのような単一色の灰色の空、二つある黄色の太陽、そして、地面に敷き詰められた小動物の骨。


「ここはどこなんだ!? いや、ってか、俺が前に見たことがあるような……?」


「和さん、此処どこなの? なんかやばい雰囲気の場所なんだけど……」


「咲ちゃん! てかなんで此処にいるんだ!?」


「うーん、私達さっきまでライブやってたじゃない、なんかね、意識が吹っ飛んで、気がついたら此処にいたのよね……」


「……」


「あら、あれ何かしら!?」


 咲は空の方を指差す。


『カアカア……!』


 そこには、鴉が群れをなして飛んでいる。


「ねぇ! こっちに来るわ! 逃げましょう!」


「あ、ああ!」


 彼等は逃げようとしたが、足が動かず、そのまま地面に立ったままである。


「うわー、やべぇ、こっちに来る!」


 鴉の群れは和彦達の方へと飛んできて、彼等の前で立ち止まり、集まって人型に形作られていく。


「……!?」


 その人型は、琴音の顔になり、彼等をニヤリと微笑みながら見ている。


『和彦……!』


「ひええ! 琴音! 咲ちゃんだけはやめてくれ!」


「!?」


 咲は和彦と琴音の関係が恋人だった事以外あまり詳しくわからない為、頭にクエスチョンマークを浮かべながら彼等を見ている。


『久しぶりね、咲ちゃん……』


「え?」


『こっとん、といえば分かるかしら?』


「え!? こっとん!? あの、ゲームの!?」


『ええ。ファイナルクエストファンタジーのこっとんよ……』


「え? 何お前、まさか、こっとんだったのか!?」


 和彦は琴音がこっとんだったとは知らず、驚いた表情を浮かべて琴音を見やる。


「えぇ!?」


『貴方、運が良いわねぇ……放火して殺そうとしたのに……』


「!?」


『私ねぇ、ゲーム会社に知り合いがいて、ちょっと色目使って貴方達のことを調べてもらってねぇ、住所が分かったの。貴方達、パソコンのカメラ機能とかで顔が分かったのよ。和彦、貴方も知っていた……』


「ちょっとねぇ、なんでそんな事をするの!? 警察よ!」


『残念ねぇ、私もう死んでるのよ……。私は死神よ。和彦、貴方に近寄ってくるハエを退治しただけよ』


「……! なぁ、琴音! この子だけはやめてくれないか!? 地獄に落ちるのは俺だけでいいから……!」


「いえ、和さんをやるならば私をやって! いやよ、好きな人が目の前で死ぬだなんて……!」


 琴音は彼等のやりとりを見て、ふふふと微笑む。


『いいわ、貴方達の気持ちに免じて許してあげる。60年ぐらい経ったらここに呼び寄せるかもしれないけれど……。現世に戻してあげるわ……』


 琴音は彼等の方へと足を進め、額に掌を当てる。


 掌から発せられる、温かく優しい光が、彼等の体を包み込む。


『和彦、この子の前で浮気したらあんた真っ先に呪うからね……!』


 琴音は微笑み、和彦の唇に軽いキスをする。


 その様子を見て、咲はもう別れたのだけれども本当のカップルだったのだなと少し妬ける。


「またね……!」


 和彦達の意識は、そこで無くなった。


 ♫♫♫♫


 和彦が目が覚めると、そこは20畳程の部屋であり、ベッドに寝かされているのに気がつき、周囲を見渡すと、白い天井と白い壁に、カーテンで仕切られており、病室なのではないかと気がつく。


 腕に走る軽い痛みで、点滴をされているのだなと和彦は気がつき、大会や咲はどうなったんだなと不安に駆られる。


「なぁ、誰かいないのか!?」


 和彦は思わず声を荒らげる。


 しん、と静まり返っている病室で誰もいないのか寝ているのだなと和彦は落胆する。


「いるわよ、ここに……」


 隣のベッドから、咲の声が聞こえる。


 カーテンが開けられると、元気そうな咲が、和彦と同じく点滴を付けられている。


「咲ちゃん! ライブはどうなったんだ!?」


「それがねぇ……」


 咲は深いため息をついて、口を開く。


「篤さんから聞いたんだけどねえ、なんか私達失神しちゃってね、中断しちゃった事になったから失格になってしまったのよ……」


「……」


(な、畜生、俺たちの夢が……! でもなんで俺たち生きているんだ!?)


 和彦は、自分たちが大会を失格になったのにも関わらず、何故あの世に連れて行かれずに生かされているのが不思議で仕方がない。


「ねぇ、和さん、見た? 夢で、琴音って人が出てくる夢……」


「あ、あぁ、見たよ……」


「綺麗だったわね、琴音さん……」


 咲は、琴音の美貌に女として負けた為か、ため息をつく。


かつて和彦は、琴音と共に音楽で世に出るために大学生の青春のすべてを費やした、彼女との恋愛は終わってきたのだが、その時の濃密な関係に自分は勝てそうになかったのではないかと薄々感づいていたのだが、琴音から夢の中で、遠回しに自分と付き合っていいのではないかと思い、少し咲の心は楽になった。


「あ、ああ……」


「私達、負けちゃったんだね……退職届まで書いたんだけどなぁ……」


「……」


(クソッタレ、ここは、また頑張ればいいんだよとかそんな陳腐な言葉をかけるべきなんだろうかな? なんで声かけたらいいのかわからないな……!)


 咲が落ち込んでいる姿を見て、和彦は何もかける言葉が見つからないでいる。


「おい、気がついたみたいだぞ!」


 部屋の外からは、スーツ姿の男が和彦を見て声を上げて、どたどたと沢山の人だかりが病室の中に入ってくる。


「病室は静かになさって下さい!」


 見回りの看護師の声が廊下に響き渡った。

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