第40話 泣き面に蜂
和彦達はいつものように、貸しコンテナで音楽活動をしているときの事だ。
「朝霧さん!」
コンテナのドアがすごい勢いで叩かれ、和彦達は何事かと演奏を止めて扉を開ける。
目の前には、きつめのパーマをかけた50代の肌艶の中年の女性が目を吊り上がらせて立っている。
(ヤベェ、ここの管理人だ!)
「あのねぇ、いったい何時だと思ってるの!? ここねぇ、いつも音楽が聞こえて迷惑だってクレームが来てるのよ! 出ていってくださらない!?」
「え、いやちょっと今すぐは……」
「ふん、今すぐは酷だから、今週いっぱいまで待ってあげるわ! それ過ぎたら法的措置を取るからね!」
「は、はぁ……」
その管理人は近所迷惑を顧みない大きな声でそう言うと、ドアを勢いよく閉めた。
「やっべぇな……」
「どうしよ……」
晴天の霹靂、和彦と咲は突然なこの現状をどうしたら良いのかただ呆然としている。
「出てけって言われてもなぁ……」
和彦はタバコに火をつけ、溜息をつく。
「取り敢えず荷物まとめましょう、警察沙汰は勘弁だわ……」
咲は溜息をついて、ギターをバッグに入れ始める。
♫♫♫♫
午後の仕事での休憩中での出来事だ。
食堂の休憩エリアに、他の社員に混じり和彦達はコーヒーを飲みながら休憩をしている。
「でねぇ、そのコンテナのババア、いきなり怒鳴り散らしてきて参りましたよ!」
「うーんそっかぁ、でもねぇ、コンテナってそんな事に使うものじゃないからねぇ……」
貴子は咲の愚痴を、淡々と聞いている。
「でもよ、その音響機器とか売るってのは? 引退とかして。どうせお前もう31だろ? バンドなんか解散の年齢なんじゃないか?」
一平は悔しそうに俯く和彦にそう言ってホットコーヒーをすする。
「うーん、そうなんだけどなぁ……」
「えー、解散はイヤですよぉ〜!」
「でも、肝心の練習する場所がないぞ。アンプとか動画用の機器なんてどこにおけば良いんだ?既に俺の部屋の居住環境を圧迫してるしな……」
音響機器などは和彦の部屋に置かれている。
「うーん……」
「あれっ? ババアじゃねぇ?」
一平は視線の先10メートル程にいる美智子を発見して和彦達に目配せをする。
「あのババア、見合いパーティーに行きまくってるみたいね、最近。もう干上がってるのに無駄な努力ったらありゃしないわねぇ……」
貴子は同じ女性なのに、何故あそこまでみずぼらしく、煤切れた体たらくの女なんだろうなと、まるでホームレスを見るかのような侮蔑の視線を、目の前に歩み寄ってくる美智子に浴びせかける。
咲は、貴子の発言を酷いなと思いながら、何か嫌な予感がするのか、背筋が凍る感じがしている。
「ねぇ、柊さんに朝霧さん、ちょっと事務所までいいかしら……?」
「は、はぁ……」
何事なのかなと、ただ、いい話ではなさそうだなと彼らは思いながら、美智子に従い、事務所へと足を進める。
♫♫♫♫
大抵どこの企業も副業は禁止されているが、ここ数年で副業をしていい企業が増えているのは事実である。
事務所には、咲の所属する派遣会社の管理の江原と、現場リーダーの百目鬼雅史(ドウメキ マサシ)がおり、パソコンを開いている。
「今日君らがここにきた理由はわかるかな……?」
「い、いえ……」
百目鬼は、パソコンを指差す。
「!?」
『マンドラコアに彗星の如く現れたツーピースバンド、S&K 正体は光画舎自動車勤務の朝霧和彦と派遣会社テンションマックスの柊咲。彼等は社外で付き合ってバンドを結成してる模様……』
『凸凹な組み合わせのカップル爆誕!』
誰かが作ったのであろうまとめサイトにはそう書かれている。
「君らは付き合っているのかい……?」
百目鬼は不穏な表情を浮かべて、和彦達を見やる。
「え、いえ、全然なんも……」
「困るんだよねぇ、派遣さんと深く関わるなって前に言ったよねぇ?」
「は、はぁ……」
百目鬼は咲だけでなく江原をじっと睨みつける。
「確か君ら前回も動画とストリートミュージックをやってたよねぇ……?」
「え、ええ……」
「それもあまり好ましくないんだよねぇ……」
「でも、副業は禁止ではないと就業規則では変わりませんでしたか?」
美智子は彼等をフォローするように百目鬼に伝える。
「うーん、でもまぁ、副業は禁止じゃないんだが……ただまぁ、動画で派手に活動したり、それと、ライブで派手に活動するのは如何わしいからねぇ。うーん……今後活動をしてもいいが派手には行わない事、それと、派遣さんとの付き合いは今後自粛してもらう事、いいね……」
百目鬼は和彦達に淡々とそう伝える。
「柊さんもね、まぁまだ若いから活動的になるのはわかるけれどもね、会社の看板を背負ってるわけだからね、そこを忘れないでね……」
「は、はい……」
咲は百目鬼の一言に申し訳なさそうに俯いてそう答えた。
♫♫♫♫
仕事が終わり、和彦達は溜息をつきながら自分の部屋へと戻り、咲が和彦の部屋に来ている。
「はぁーあ、ついてないなぁ。叱られるし、ネットには名前が載るし……これも、淀川さんのせいだ……」
咲は江原に散々叱られたせいか、ブルーになっている。
「まぁ仕方ないだろ、あの人も悪気があってやったわけじゃないし……てかもう、活動は自粛するしかねーのかなぁ……」
和彦は、生来の気弱な性格が出てしまい、折角順調に行き始めたバンド活動をどうするか迷っている。
「いや、辞めたくないですよ。また続けたいですよ……! オーディションでも受けてメジャーデビューしたいし!」
「いやな、メジャーったって売れてる連中はほんの一握りだよ、折角順調に行きかけてるのに悔しいのは俺も一緒だよ……」
和彦がそう言った後、スマホのバイブが鳴り響き、着歴が淀川と出ている。
「はい、何すか?」
「いやこの間はすまない。もう活動はしないのか?」
「いやしないのかって言われたって、会社から自粛しろ的な事を言われたんですよ! それに、練習してるところからも出てけと言われたし……解散しようかと……」
「いやな、お詫びの印と言ってはなんだが、お前らの曲を聴いて、音楽会社の人が是非とも一度お会いしたいと。それと、音響の部屋だがな、俺が前に使っていた防音設備の部屋を使っていいぞ……」
「え……?」
「だめか? 俺なりのお詫びなんだが……」
「うーん、ちょっと咲ちゃんにも聞いてみますね……咲ちゃん、淀川さんから電話があったんだが、防音設備の部屋を使っていいし、音楽会社の人が会いたいと……どうする?」
「いいですね、是非頼みましょう! 規則なんざどうなってもいいっすよ!」
和彦は咲の勢いに押されて、淀川への返答を二つ返事で行った。
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