第37話 対面
嵐の一週間というが、取引先からの無茶な要望がなく、残業がなく定時上がりの一週間を終えた和彦達は、いつものように貸しコンテナで音響機器をいじりギターを鳴らしている。
「はぁーあ、なんか暇ですなぁ……」
咲はライブが無い為か、暇を持て余し気味にコンビニで購入した一杯100円のホットコーヒーを口に運びながらギターの弦を軽く指で鳴らす。
『マンドラコア』でのライブは来週の土曜日であり、その日は休日出勤がなかったので篤からの要望を彼等は快く承諾したのである。
「ねぇ、和さん……」
「ん?」
EDM用の音響機器をいじっている和彦に、咲はずっと前からの疑問を聞きたいような表情を浮かべて尋ねる。
「前の彼女さんはどんな人だったんですか?」
咲の問いかけに和彦は昔のことを思い出しながら口を開く。
「うーんとな、咲ちゃんと同じで音楽が好きで、俺と一緒になってバンドをやって、ライブやって盛り上がって、周りに勧められてオーディション受けたが惨敗したっけなぁ……」
「そうだったんですね! 音楽好きだったんですね。あのう、すごい聞きづらいんですが、何故別れたんですか……?」
「いきなりえぐい質問だなあ……うーんとな、卒業間際になって別れ話を持ちかけられて、連絡取れなくなってそれっきりだったんだよなぁ……」
(あいつが家に来たことは黙っておこう……)
数ヶ月前に琴音は和彦の元を訪ねてきたのだが、なんとなく話したく無いかなと思い、和彦はそれ以上は何も言わないようにする。
「そうだったんですね。今って好きな人はいない感じですか……?」
「無いな。それにな、第一俺のような気持ちが悪い奴が彼女ができるわけないからな。噂で聞いてるだろ? 俺が気持ちが悪い奴だと。だから……」
「いえ、そんな事ありませんよ! 普通にカッコよくなりましたよ! まぁそりゃ初対面の時はキモい奴だなと思いましたが、今はそんな事はありませんから!」
「そ、そうか……最後の一言は余計だが、ありがとうな……」
和彦は照れ臭そうにして、ペットボトルのお茶を口に運ぶ。
「てか、どうしましょう今日。練習はもう終わってしまったし。動画ももう殆どアップしたし、新曲を書こうにも今のところ必要はない感じですしね……」
彼等は練習のメニューというものがあり、毎週末に近所のライブハウスで練習をしてからその動画をコンテナに持ち帰り確認をしている。
新曲もたまには作っているのだが、これは本当に気が向いたときだけにやる事にしており、毎週ポンポンと作ってはいないのである。
「うーん、そうだよなぁ、今日はノルマ的なもの終わったし、軽くファミレスでご飯食べて帰ろうか」
「そうですね」
和彦は立ち上がり、床に無造作においてある黒のダウンジャケットを羽織る。
「明日は友達と会うのが楽しみだなぁ……」
咲はそう言いながら、グレーのダウンジャケットを羽織り荷物を持ち外へと出る。
師走の冷たい風が彼等に当たり、彼等は思わず身震いをした。
♫♫♫♫
次の日になり、和彦は電車で都内に出向き、新宿のアルタ前で待ち合わせることにした。
彼等はわかりやすい目印に、赤のパーカーを着て待ち合わせようと決め、和彦はわざわざ近所にある古着屋で購入した1500円のパーカーを黒のダウンベストの中に着込んでいる。
(わざわざここまで指定してくるって事は、都内から近い場所に住んでるんだな。都会の人の暇つぶしの道楽か……まぁ、俺もそうなんだがなぁ。さっちゃんって一体どんな人なんだろうかなぁ、だが、なんかな……咲ちゃんに悪い気がするんだよなあ、いくら付き合ってないとは言っても……)
一平を除いた、自分と年代が同じ同期や学生時代の友人達はネットで出会いを求める者は少なからずおり、FacebookやTwitter等のSNSで知り合った女の子と付き合ったりした事があると聞き、和彦は胸が高鳴るのだが、心の片隅に咲の事が浮かび、自分は咲を裏切っているのではないかという罪悪感に襲われる。
「えーと、赤いパーカーの人ってどこにいるんだ?」
和彦は沢山の人だかりがある中で赤のパーカーの人を探し出すのは無理だろうなと思いながら、辺りを見回すと、黒のニットキャップを被り、黒のMA1と赤のパーカーを着た20代の女の子が自分の方へと近づいてくる。
(あの子か……んん?)
それは、咲と全く同じ顔つきであり、赤の他人の空似かなと思いながら、和彦はその女の子の方へと足を進める。
顔が識別できる距離にまで近づき、その赤のパーカーの主が咲だと和彦は気がつき、咲もまた、驚いた表情で和彦を見ている。
「咲ちゃん……!?」
「和さん!? え!? 何故ここに!?」
「え、いや、友人と会うためにここにいるのだが、咲ちゃんは!?」
「私も友人と会うためにここに来たんですよ!」
「え? そうなん?」
咲は何かに気がついた表情を浮かべ、口を開く。
「あのう、和さん、ファイナルクエストファンタジーってゲームって知ってますか?」
「あぁ、知ってるよ」
「……あのう、実は私、そのゲームやってて、そこで知り合った人とこれから会うんですよ、和さんもしかして、赤いパーカー着てるって事は……」
咲は顎に指をやり、和彦の身体を一瞥して、自分の頭の中の記憶を整理し始める。
「あぁ、なぁ、もしかして、君、さっちゃんか……?」
和彦は、自分しか知らないオンラインゲームの事を何故か咲が知っており、半ば咲が赤いパーカーを着てるさっちゃんではないのかと思っていたのだが確証はなく、思い切って尋ねる。
「ええ、さっちゃんですが、もしかして、かずくん……?」
「あぁ、そうだが……さっちゃんだったんだな、君は」
和彦は驚いた表情を浮かべながら咲を見、咲は口をパクパクさせてうなづき、和彦を見やる。
彼等の心の中には、長年の謎が分かり、爽やかな風が通り過ぎていった。
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