第32話 初クラブ
クラブとは、EDMなどのダンスミュージックが流れ、男女が酒を飲みながら踊る場所であるが、当然の事に犯罪行為の温床であり、ドラッグや売春が陰で行われる。
和彦達の最寄駅から3駅ほど離れたU市には、繁華街として栄えており、ハプニングバーやピンサロ、スナックに居酒屋などの夜の店に混じり、ダンスクラブ『マンドラコア』がある。
「なんだお前その格好は、年甲斐がないな……」
一平は和彦の格好を見てため息を突く。
今の和彦の格好は、縞模様のパーカーにダメージジーンズにスニーカーといった具合であり、赤のパーカーに黒のニットキャップを被った一平の格好とも比べても6歳ぐらい若く見えるのである。
「若作りなんかしてんじゃねぇよ、さてはお前、咲ちゃんに惚れてるだろ?」
和彦は、一平の言葉にどきりと図星を突かれ、自分の気持ちがバレないように、直ぐに平静を取り戻す。
「あ!? うるせぇよ! 惚れてねーし! 俺は常に若くありたいんだよ!」
「本当に〜? おっ、貴子達が来たぞ!」
一平は、遠くにいる貴子らしき人物に手を振ると、彼女らは彼らの元へと走って寄ってくる。
「早くね? いつもあんた遅刻ばっかしてるのに珍しいわねぇ……」
そこには、昇龍のスカジャンとスキニージーンズを履いた貴子がおり、その傍には、腰まで隠れる大きい縞模様のパーカーを着ている咲がいる。
「いやな、こいつなんか、若作りのような格好をしてるんだよ、もう31になるのにな……」
「いやお前も30だろ来年? てかどこにあるんだよその店は?」
「まぁ焦ってんじゃねぇよ、これから案内するわ」
一平は彼らを案内する為先頭を切って歩き出す。
「ねぇ、和君」
貴子はニヤニヤしながら、和彦に言う。
「え? 何?」
「クラブ楽しみにしててね……この子ったらねぇ……フフフ……」
「貴子さん! やめて下さいよ! ちょっとここじゃあ恥ずかしいから!」
咲は顔を赤らめて、貴子の肩を思い切り叩く。
「言わないわよ〜着いてからのお楽しみよ……」
貴子は電子タバコを口に加える。
♫♫♫♫
ダンスクラブ『マンドラコア』は、数年前にでき始めた若者向けのダンスクラブであり、U町の中でも一番な有名な遊びスポットである。
「うわぁ……」
際どい格好をした女性を見、咲は思わず顔を赤らめる。
「何咲ちゃん、照れてるの?」
貴子は24歳とはいえ、まだ恥じらいがある咲を見てニヤニヤと笑う。
「だって……」
「和さんに見せてあげたいんでしょう?」
「……はい」
咲は照れ臭そうに俯いてそう言い、視線の向こう側でカウンターでドリンクを頼む和彦達を見やる。
数分後、ドリンクを持った彼らが咲達の元へと足を進める。
「とりあえずこれ飲んだら、踊るか」
一平は、ジーマを飲みながら彼らにそう言う。
「え? 踊るったって言っても、どうやって踊ればいいんだ!? 俺パラパラしか踊ったことねーぞ!」
和彦は生まれて初めてのクラブの雰囲気に圧倒されながら、踊れ、と言われてどうやって踊ったらいいのかわからない様子でいる。
「んなよ、ノリだよ!」
ドリンクを置き、すでに踊りが始まっているダンスホールに、一平は行こうと貴子達を誘っている。
「んな、分かったよ!」
「咲ちゃん、見せてあげなよ……」
貴子はニヤリと笑い、咲にそう言う。
「え、ええ……えーい、恥ずかしいけど、いいや!」
咲は着ているパーカーをおもむろに脱ぎ捨てる。
「……!?」
和彦だけでなく、一平や周囲の男性が、咲の方を一斉に見やる。
体の線が浮き出る水着のようなドレスを着ている咲がそこにおり、和彦は思わず持っていたビールを床に落としかけた。
♫♫♫♫
「なんだかんだで凄い女だな、咲ちゃんは」
カウンターに一平と貴子は座り、到底ダンスとはいえない滅茶苦茶な振り付けで踊っている和彦と咲を見やる。
「でしょ? 他の男が放っておけないわ」
「だろうな、だが……」
一平はタバコに火をつけて、煙を吐き出し、口を開く。
「咲ちゃんが好きなのは、和彦だけだろう?」
「ええ……」
貴子は複雑そうな顔をして、楽しそうに踊る咲を見てため息をつく。
「あいつ、鈍感だから全然気が付かないだろうな……」
「いやね、仮に気がついたとしても、社内恋愛でしょう? しかも、二人とも身分が違うのよ、派遣と正社員でしょう? バレたらお互いがいづらくなるし、どちらかがやめざるを得なくなるわ……」
貴子は、かつて自分がそうだったことを思い出しながら、再度深いため息をつく。
彼らの目の前にいる、咲と和彦が踊り疲れた顔で彼らの前にやってくる。
「はぁーあ、面白かったぁー!」
「最高だなこれ!」
人生初のクラブに彼等は大層満足した様子であるのを見て、一平達は顔を綻ばせる。
「ささ、咲ちゃん服を着て。まさかこれで帰るつもりではないでしょうね?」
貴子は、咲が脱ぎ捨てたパーカーをそっと差し出す。
「おいまいったな……」
ウエイター達が、ざわつき始め、一平は耳を立たせて聞く。
「あいつら来なくなった、ライブができなくなる……」
「まいったな、演奏できる奴らがいなくなった……」
「ねぇ、演奏はしないのか?」
一平は彼等に尋ねる。
「ええ、すいませんね、なんか食中毒になってしまったらしくて、これなくなったんですよ、でもうちってライブハウスじゃないんで、上の人が流れを変えるんだと無理して頼んだものでして、どうしたらいいものか……」
「んなら、ここにシンガーソングライターがいるぞ、顔出しはNGだがな」
咲と楽しそうに話す和彦を一平は指差す。
「え!? そりゃいい! 早速お願いします」
「おい、和! 咲ちゃん! ライブのお呼びがかかったぞ!」
一平は、軽く酔っている彼等にそう伝えた。
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