第25話 コンテナ
咲の住む部屋は、ギターとパソコンと最低限の家具しか無かったが、万馬券を使い、音響の機器を購入して少し部屋の中が狭くなっている。
「ねぇ、和さん……」
咲は悩ましげな表情を浮かべて、和彦を見やり、和彦はその咲の仕草にどきりとしながら、購入したばかりの機器を見ている。
「何だい?」
(このタイミングでまさか、付き合ってくれたかって言われるのか? いや、俺のような気持ちが悪い奴に告白をする物好きなど琴音以外の女には会ったことがない……! 一体なんだろうな?)
「私、前から気になってたんだけど……」
猫撫で声で、咲は和彦を見やる。
(まさか、告白をしようとかっていう展開か!? いや、俺のようなオタクと付き合いたい人間なんざ、よほどの物好きだろうが…なんだ一体!?)
ネットの匿名掲示板でよく出てくる、青年向け漫画の宣伝広告のようなワンシーンが起こるのではないかと、和彦は妄想をしている。
「この機材、買ったのはいいけど、どこで使うの? ここで使ったら間違いなく追い出されるわ」
咲の発言に肩透かしを喰らったのか、告白ではなくて残念だなとあっけにとられる和彦をよそにして、咲は機材を見やる。
「うーん、どうしよっかこれ。速攻で追い出されるのは確定路線になってしまうわ、ここで使ったら。どうしよ……」
「うーん、こりゃあ、リアルな問題だなぁ、確かになぁ……」
(俺と付き合ってくれるとかそんなシチュエーションじゃねーな、少し期待してたんだがなぁ……でも、俺なんかよりも他の、若いイケてる奴らの方がだいぶマシなんだろうな……)
和彦は、咲が自分とは付き合ってくれないのだろうかと期待をしながらも、オタクで気持ちが悪い顔の人間と好きで付き合う女の子はいないだろうなと半ば諦めている。
音楽を再びやり始めた時は、学生の頃の、何にでもなれるという根拠のない自信で満ち溢れていた頃の情熱が湧き上がり、5歳ぐらい若返ったのだが、心はまだ、殻に閉じこもりかけているままであり、咲に自分の思いをなかなか伝え切るのが怖く、失敗するのに恐れているのである。
「ここだと、私の生活に支障が出てしまうし、別の部屋でも借りれないかしら……」
音響機器は確実に、咲の部屋の居住空間を圧迫している。
和彦は、願望的な想いから、咲の言葉ではっと我に帰り、この部屋をどうしたら良いものかと考えている。
「うーん、どうしようかなぁ……」
咲の腹の虫がぐうとなり、咲は顔を赤らめて俯いた。
「何か食べに行こうか、ここにいてもなんだしさ」
「そうね」
和彦はそう言い、咲が好きなパスタでも食べに行こうか、奢ってやろうかと思い、ふと窓の外を見やる。
「!?」
一羽の鴉がベランダに止まり、和彦をジロリと見ている。
♫♫♫♫
和彦達の住むアパートから少し離れた所に、個人経営のイタリアンがあり、彼等はそこで食事をし終えた後、近くの公園で一息ついている。
夜の帳が降りた為か、外灯により朧げに周囲の雑踏や建物の外観、車などが和彦の目には移る。
「和さん、何がいい?」
「あぁ、レモンティがいいな」
お互いの名前を和さんや咲ちゃんと気軽に呼び合えるようになり、仲が良い証拠で、早く付き合いたいのだが、こんな俺では無理だと思い、北風を体に受けて軽く小便がしたくなった和彦は立ち上がり、公衆便所はどこかと身長175センチの身体をキョロキョロとさせて辺りを見やる。
「……ん?」
公園のそばには、2組の男女がおり、大きめのディバッグを両手に持っている。
(あんなでかい荷物なんざ、邪魔になるだけだ。なんであんなもん持ってるんだろうな……)
和彦は彼等が何故そんな大荷物を抱えて、こんな都会とは言えず田舎とは言えない中途半端な街にいて、こんな辺鄙な公園にいるのか疑問に思い、小便をしたいのを我慢して、不審者に思われないように彼等の後を追う。
コンビニを通り過ぎ、彼等の行先には貸しコンテナがあり、その中の一個に彼等は入っていくのが和彦の目には映る。
「……そうか!」
和彦は何かに閃いたのか、意気揚々として咲が待つ公園へと戻っていく。
公園には、ベンチで一人寂しくコーヒーを飲みながら和彦の帰りを待つ咲がおり、和彦に気が付き立ち上がり手を振る。
「どこ行ってたんすか! 一人で怖かったんすよ!」
「いやごめんな! あったんだよ、現状を打破する方法が」
「……?」
「貸しコンテナを借りて、車のバッテリーを買って、そこで活動する! コンテナは頑丈だしそんなに音は漏れない! それに、Wi-Fi俺持ってるしそれ使ってパソコンで曲をアップしよう! いやそっちの方がな、逆に集中できるかも知れん!」
和彦は自信たっぷりに咲にそう言って、咲が手にしている紅茶を手に取り、口に運ぶ。
「う、うん! それいいですね! 早速明日からやりましょう!」
「あぁ、そうだな! やろう!」
「ここら辺だったら、会社の人とかそんな来ないし大丈夫ですしね! 楽しみだなぁ〜!」
咲の満面の笑みを見て、和彦はにこりと微笑み、強烈な尿意に襲われ、自分はトイレに行きたかったんだなという事をすっかり忘れており、紅茶をベンチに置いて慌てて公衆トイレへと足を進める。
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