第二章-12 発症

 違和感は少女が一歩を踏み出したその瞬間からあった。

 歩き方、足音、動き方。そして人間離れした動き。そしてオーゼの首にナイフを突き立てようとしたその腕を握り、投げ飛ばしたその瞬間、違和感は確信へと変わった。


「――重いな」

「失礼な事言うわね。あなたが男だったら即時死刑よ」

「それは失礼、軍用全身義体者ミルスペック・サイボーグ殿」


 軍用全身義体者ミルスペック・サイボーグ

 その単語を聞いた少女は一瞬驚いた表情を浮かべ、イタズラに成功した悪ガキのような表情を浮かべた。


「バレちゃった☆」


 普通の人間と全身義体者フルサイボーグの見分け方というのは、医療材料の技術が進み、多機能分子機械群ナノマシンが実用化され、人工皮膚と人工筋肉が一般的なものとなり、それが用いられた義肢が広く深く普及した今となってはとても難しいものとなった。


 定期的なメンテナンスが必要であること、無駄に頑丈ではあること、交換するとなると外科手術になること、そして一番は比較的『重い』ということ、そして全身義体化フル・インプラントに限定されるが、ホロソフィア(もしくはそれに似たもの)による脳機能の拡張処理と義肢・人工臓器の統合運用ソフトウェアの常時処理バックグラウンド化、更に軍用のものに限られるが同時に行われる心理的ケア。


 これらの代償と引き換えに得られるのは機械によって人間以上の出力で再現・強化・拡張された動作。言い換えるなら人間以上のパワーとパフォーマンス。


「しかし、昔ならともかくこのご時世に全身義体――それも軍用とは……」


 一昔の戦争の影響で義体化しているものを多く見かけるが、それでも軍はおろか民間軍事企業は全身義体を制式装備にしていないし、またすることもなく、同時に非軍事の企業でもまず歓迎されない。


 純粋にコストパフォーマンスが悪いからに他ならないからだ。


 物理的な力が欲しいならわざわざ義体化せずとも強化外骨格パワード・スキン――今ではパワーの担保とユーザー保護のために強固なフレームが使われることが多くなってきた関係上、文字通りの強化外骨格パワード・スーツという名前が一般的だ。

 ある意味VAFの人間サイズ版サムサイズ・フレームと言っても良いかもしれない――を着込めばいい。


 壊れたら戦闘機やVAFと同じように新しいものに着替えればいい。


 全身義体――埋め込み式となるとそうも行かない。パワードスーツと同レベルのパワーを得ようと思えばその分骨格や腱を強化しないといけない。大型化すればすんなり行くのだが人間サイズ――それも骨格レベルでとなると困難を極める。

 そして義体のフレームが歪んだり壊れたりすれば先程述べたように矯正や交換のために手術をしないといけなくなる。


 歪まず、壊れにくい――言い換えるととても頑丈で、かつ柔軟な素材はないのかと言われれば、無い事はない。ただそれは目が飛び出るほど高額である。


 かなりのデメリットに申し訳程度のメリット。文字通りの金食い虫。軍や民間企業が全身義体者を欲しがらない理由はまさしくそれである。


 なお、VAFが誕生した理由はまさにこの軍用全身義体へのアプローチそのものに他ならないのだが今は関係ないことだ。


「そしてその外見――少年兵で全身義体とはなんともまぁ……」


 全身義体に於いて、ユーザーを守るためのある制約ルールが存在する。


 それは義体化前と後とで顔と体つきなどの身体形状を極力変えないことである。


 この制約が生まれた理由としては戦時下に生まれたある全身義体『MF-206』の存在が大きい。その全身義体の最たる特徴は『顔と身体形状を時自由に変えられる』という点にあった。用途は当然、暗殺などの国内外の工作向けとなる。


 しかし、問題が起きてしまった。もしかしたら最初からわかりきっていたことかもしれない。その全身義体のユーザーの大半が自己の喪失から起因する精神障害を患ってしまったのだ。

 この件について義体と精神について研究する学者はこう語っている。


『自分の身体からだっていうのは自分を自分たらしめる唯一の存在。根本原理とも言ってもいいだろう。それを自由自在に変えたらどうなるか、最初からわかりきっていたことだろうに。あの義体を考案し、実際に拵えやがったやつは相当なクソ野郎だと思うね』


 このような経緯もあって身体の劇的な変化――性転換や顔を根本から変えることなど――は認められていない。幼少時に義体化――無論、医療用と目的にのみ認められる。それ以外は倫理的にアウトだ――したならば、その後の成長でどのように変わるかを人工知能に予測させて義体に反映させていくようになっている。


 これらを逆手に取ることで目の前の全身義体者の年齢を推察できたわけである。


「生まれてすぐ親にカネ目当てに売られたり殺されかけたか、そして義体化を施された――と言ったところか」


「私の『お父様』を愚弄しないで。あの人はそんなことをしないわ」


「『お父様』に実験台にでもされたか? ん?」


「仮にそうだとしたら、それはお互い様ではなくて?」


「何?」


「ねぇ尾瀬 有奏さん?」


 刹那、オーゼの脳裏に、かつて彼女が尾瀬 有奏だったときの記憶が蘇る。二度と思い出したくもない。文字通り地獄としか言いようのない忌々しい記憶を。


「私を……」


「ん?」


「私を、私をその名で呼ぶなッ!」


「あら、案外薄い化けの皮ね」


 ――何故、何故あいつがその名を知っている。その名も、名字も、情報も何もかも、国と共に、家とともに葬られたはずだ。


「貴様、その名前をどこで知った! 言え!」


「お父様から教えてもらったわ。何もかもを。あなたの本来の名前も、何を施術され、のかも」


 少女がスカートの端を持ち上げる。ともに踊る相手に一礼するかのように。

 そしてスカートの中からごとんごとんと重々しい音と共にインゴットが落ちてくる。


「……私は貴方と違って身体の大半が機械で、きっと戦い方も違うのだろうけれど、同系統の技術と力を埋め込まれた似た者同士。だけど残念。時間が来ちゃった」


「時間だと?」


 直後、轟音が聞こえた。

 窓の外を見ると黒煙が立ち昇っているのが見える。モノレールの駆動音で聞こえづらいが砲声が聞こえてくる。


「何だ?」


「お父様が言ってた通りね。おじさまが本当におっ始めるだなんて」


「どういうことだ、『神託者』が目的でそいつを攫ったんじゃなかったのか!」


「それは目的の一つでしかないわ。お父様が欲しがってたからわざわざ攫って尋問しただけ。用事があるのはこの男じゃないわ」


 モノレールが停車する。停車したホームには大穴が空いていてその手前には黒塗りのVAFが二機、こちらに銃口を向けている。両機ともエリュシオンやアヴィリアの機体ではないことはわかる。

 ドアが開く。


「本当は貴女と踊り明かしたかったけれど、代わりに彼らが踊ってくれるわ」


「待――」


 背後で龍牙兵がインゴットから姿を変える音が次々と聞こえてくる。


「銃火器は持ってないから安心して。代わりに高周波ナイフを持っているけど。じゃあさようならお姉さま」


 それまで少女の顔は、ベールに覆われていた。

 そしてそのベールは今取り除かれ、その奥で少女が笑みを浮かべている。

 エトと共にエドルア島から帰還した少女リィナの顔で。


 少女はVAFと共に立ち去った。残されたのはオーゼと数体のスパルトイ。

 視界の端にはメッセージや速報が次々と流れている。その中にはアヴァロンズ・クラウンとともに行動していたオーゼ研究室のメンバーからのボイスメッセージもあった。

 開封。


『オーゼさん、オーゼさん! くそっ、繋がらない……もし聞いていたなら急いでください! 今実験場が何者かに襲撃されて上の下の大騒ぎです! 一体何が目的か知らないけど多分――』


 拳を握りしめ、構える。


「くそっ……一体全体この島で何が起きているんだ」

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