第一章-5 旧時代の遺産

 ――同時刻。


 ――高度一万メートル。


 アヴィリア・アコードのを委託されている民間軍事企業PMSCの一つであるアドミカ社が保有する『パリデス』と名付けられた怪鳥のような大型輸送機の内部で声が響き渡る。


緊急出動スクランブルのコールだ! 後ろから直接落とすぞ、機材チェックをもう一度やれ! 特にパラシュート!」


「『番人』ちゃんの許可は!? 対空ミサイルSAM叩き込まれるのは御免だぜ!」


「緊急条項でもうとっくの昔に降りてるよ!」


 冷戦状態にあるアヴィリア・アコードが一番恐れているのは、北方皇国との武力衝突である。それ故、こういう睨み合いが起こる場所では、積極的に軍を用いることはなく、代わりにPMSCsを利用するいうのが主流となっていた。


 これならば何かしらのアクシデントが起きたとしても、責任をPMSCに押し付けることができ、北方皇国との直接の衝突を避け、開戦のリスクを減らすことができるのだ。


 VAFのチェックを済ませた彼らは、コックピットに潜り込み、起動させると同時に機体間でデータリンクを形成する。


〈――状況を説明するぞ。各自死にたくなければ私の話をよく聞くことだ〉


 そしてこの作戦の指揮を担当する『オーバーロード』が回線を開いた。


〈つい先程、皇国の連中が地中貫通爆弾バンカーバスターとVAF四機をエドルア島に投下した。そしてそこにはエリュシオンからの調査隊が三人いるという話だそうだ〉


〈まじかよ。非武装地帯のエドルア島に爆弾とVAF落とすなんて皇国の連中何を考えているんだ〉


〈大方、いつでもこちらの都合で戦争起こせる――っていうアピールでしょうよ。独裁である分、リソースの分配に自由が効くから技術発展のスピードが凄まじいんですよねあそこ〉


〈とりあえず、俺達の任務はその調査隊の救出――ですかね〉


〈そうだ――と言いたいところだが、内二人はアヴィリアが救出したそうだ。我々の任務は残り一人との救出だ〉


〈登録外の少女? あそこは許可が降りた人間しか入れないんですよね。そうじゃないやつがいたんですか?〉


〈にわかに信じられんがそうらしい。全く、面倒な仕事を押し付けてくれる〉


 救出目標であるエトのデータが部隊に行き渡ると、隊員の一人が口を開く。


〈――で、投下されたVAFって何ですかね。機種によっちゃかなり厄介なんですけど……〉


〈慌てるな。最新型の軍用アームドとは限らんだろう〉


〈残念だが軍用だ〉


〈軍用――ってことは最近出てきたK.O.Fがいる可能性があるんですよね……勘弁してくださいよもう……〉


〈転換訓練をしっかり施した上で、隅々まで配備が完了したって話らしいしなぁ。みんな仲良く突っ込んで北方が落とした機体は何なのか賭ける気にはならんよ〉


〈――爆心地の近くにいるやつからの情報だが、K.O.F子機スパルトイが近くにいるらしい〉


〈これは今頃殺されても不思議じゃないですね……引き返します?〉


〈まだ死んだと決まったわけじゃない。――案外、やれる奴かもしれんぞ?〉


〈――パリデスより各員、そろそろ降下地点だ。フリーフォールに備えてくれ〉


 ブリーフィングと突然のスクランブルに浮足立つパリデスのパイロットから通信が飛び込む。


〈各員、『ゴスペル』への接続をチェック〉


 クリオラがそうそう言うまでもなく全員が『ゴスペル』への接続を行っていた。

ゴスペルGOSPEL』とはVAFの製造を担っている数多のメーカーが共同出資の元、運営しているクラウドサービスであり、各VAFから運用データを収集し、それを元に学習したAIが各VAFにフィードバックするというものであった。


 VAFの技術がさほど進んでいなかった黎明期ならともかく、技術が進み、戦闘の高速化が進んだこのご時世、数多の戦闘データの宝庫であり、パイロットに最適なフィードバックをリアルタイムで行う『ゴスペル』なしでは戦うどころか生き残ることすら難しい。


 いつの世も『経験』に勝るものはないということだ。


 そして福音ゴスペルの恩恵は戦闘だけに限らない。


『ゴスペル』への接続が完了したという表示と共にVAFからフィードバックされていた違和感が霧散する。


 機体のデータをフィードバックされた『ゴスペル』が機体の状態を読み取り、パイロットに最適な状態に調整したのだ。


〈やっぱり『ゴスペル』に繋がってるのとそうでないとでは全然違いますね〉


〈だからといってあまり頼りすぎるなよ? 例によってネットワークを衛星に頼っているから通信速度の遅延ハイレイテンシが起きる可能性が十分にありうる。だから最終的に勝敗を決めるのは個人の経験だ。絶対に忘れるなよ〉


〈わかってますよリーダー〉


 機械音が響き、程なくして風の音がVAF越しに聞こえてくる。その布を切り裂くような音は徐々に大きくなり、テールゲートが徐々に開いていくのがわかる。


〈ファーストペンギンはあんただクリオラ。神の御加護を――〉


 足元を固定していたロックが解除され、少し転がるような感覚から一転し、クリオラが駆るVAFは高高度に放たれた。



◇ ◇ ◇



 ――最悪だ。


 こんな開けた場所で、ましてや二機の対人型無人VAFスパルトイ相手に生身でなんとかできるわけがない。

 うまいこと身を潜めさせていれば一縷の望みもあったろうが、先程の彼女のくしゃみで見事水の泡だ。

 歯の根が合わない――

 無人VAF死神の足音が近づいて来る。


 ――死にたくない死にたくない死にたくない――!


 刹那――沈黙していた旧式のVAFが突如として起動し、老朽化していた固定具を瞬時に破壊した。へその緒よろしく引っ張られるケーブルを引きちぎり、最新機に見劣りしない速さでスパルトイに迫り、蹴り飛ばし、壁に叩きつけた。


「――え?」


 これに反撃せんと散弾銃の銃口を向けるもう一機のスパルトイ。

 だがそれよりも早く、疾く、旧式VAFの腕が振るわれる。

 打撃音、そして盛大に響く金属がひしゃげ、もげる音。

 流れるように放ったアッパーカットが、両腕を失い無防備となったスパルトイの顎にクリーンヒット。


 石弓の矢バリスタの如き一撃。


 スパルトイの首だけが垂直に飛ぶ。

 天井に激突する。

 ひしゃげる。そしてそのままめり込み、落ちることはなかった。

 血しぶきの代わりに火花を散らす首なし胴体が膝をつく。


 壁に叩きつけられたスパルトイが銃口を向け――

 それを見たVAFはし、勢いよく投げつける。

 深々と胴部に突き刺さる。だが、まだ息がある。

 次いで両肩、両脚に向け槍を投げつけて動きを封じた後、スパルトイにゆっくりと歩み寄るVAF。

 スパルトイの頭部に手を伸ばし――頭部・脊椎と胴部に永遠の別れを告げさせ、そして握りつぶした。



◇ ◇ ◇



 ――クラウディア船内。


〈なッ⁉〉


「ほぅ……話には聞いていたが、これは驚いたな。てっきり科学者共はみな揃って幻覚剤でも飲んで発狂したのかと思っていたが」


〈どうしますか? 本来はアレの回収も含まれていましたが……〉


〈というか無人で動いてましたよね⁉ 自律起動ができるなんて話聞いてませんよ!〉


「起動してしまったものは仕方がない。できることなら確保してもらいたいが、無理なら破壊しろ」


〈了解〉


「アヴィリアが雇ったPMSCはどうしますか?」


腰抜けどもアヴィリアは我々と正面切って事を構えたくないから軍の代わりに民間軍事企業なんぞを使うのだ。遠慮なく歓迎してやれ」



◇ ◇ ◇



 あっという間にスパルトイ二機を屠った旧式VAFはこちらを振り向き、ゆっくり近づいてきた。


 そしてくるりとこちらに背を向け、ひざまずき、コックピットハッチを開いた。

 コックピットのレイアウトはVAFファイトでエトが好んで乗るVAF〈グラディエーター〉と共通していた。操縦桿も同じである。


 相違点を強いて挙げるなら通常のVAFと比べてスペースが少し広く、頑張れば二人乗れそうなところであった。


 ディスプレイに表示されているグラフィカル・ユーザーインターフェースのデザインなどを見るに主流OSの〈Oracle〉とは違うようだが、まぁ大した問題では無いだろう。


 そして搭乗者は――


「誰もいない?」


 まさかの無人。だが疑問が残る。無人VAFと言えども自分で起動できないのが普通である。誰かが起動コマンドを送ったのかそれとも……


「まぁ、それは後だ。とにかくこいつでここから――ん?」


 VAFに乗り込もうとしたエトを引き止めると言わんばかりにスーツの端を掴むリィナ。


「……だめ……それ、なんかいやなかんじがする……」


「どっちみちまずい事になるよ。間違いなくあいつがやられたのを親機が感知してる。こいつを仕留めるため、目的を果たすために降りてくるはずだ。VAF同士の戦闘に巻き込まれたらただでは済まない」


「……それでも…………」


「これに乗ったら死ぬって言いたいのか? 残念だけど、結晶地帯ここでヘルメットが割れた時点で僕が死ぬのは決まってんだ。君みたいに耐性持っていないから」


「……」


「なぁに。古い機体だけど、自衛戦闘ぐらいはなんとかできるさ」


 彼女を元気づけるため、半ば虚勢混じりに君は悪くないんだと伝えるため笑って言った。


「……会ったばっかりでこれ言うのもどうかと思うけど、最期ぐらい君のためにカッコつけさせてくれ」


 そしてエトはVAFのコックピットに潜り込んだ。その後に続くようにミィナが乗り込む。


 ハッチが閉じられ、発光源がアビオニクスとディスプレイだけになったのを確認したエトは、一部が割れたHMDをVAFに接続した。

OSの名前を見る限り、相当古いものであることは嫌でも察せた。


 OSの起動を確認したエトは、自身が発揮しうる最大限の速度で機能の掌握を試みる。そして内部記憶装置ストレージにあったマニュアルを参考に各種機能を確認し、その一つに火器管制システムに相当するものとBMI制御とその関連機能を見つけた。


「こいつ……古いくせしてVAFの『A』は戦闘用アームドの方なのかよ……」


 今でこそ火器管制システムを搭載したVAFアームド・フレームは存在するが(当然、民間には卸されることはない)、大析出以前の時代はアームドはおろかVAFのVの字すらなかった時代だったと聞く。


 しかし、高機動ユニットを含めたあの外見は紛れもなくVAFだ。しかも、大析出以後に実用化されたホロソフィアを用いたBMI制御ができると来た。


 正直、かなり怪しいというか、いち一般市民である自分が触れていい機体なのか? と思ってしまう。実際あの針金人形もなにか探してたようだったし。


 ――ともあれ、ホロソフィアに接続しないと始まらない。


 手動制御マニュアルでもこなせるにはこなせるが、戦闘があるとわかってる以上、一番手慣れてる動かし方でやるのが安心かつ安全――とは限らないが、ある程度確保されるのも事実――だからだ。


《現パイロットは当機への登録が完了していません》


《現パイロットの生体パターンを解析中……》


《9Sプロトコルのトリガーを検知》


《9Sプロトコル並びに非常時条項第三項に基づき、当機の運用を許可します》


《BMI制御モードに移行》


《Iシステムの駆動のためには、師団長以上もしくは担当技術師の権限が必要となります》


「9Sプロトコル? Iシステム? 一体何なんだ、こいつは――」


 直後、警告音がコックピット内に響き渡る――。

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