カシスオレンジ

「いらっしゃいませ~。」






俺は今日も生活費を稼ぐためにバイトに励む。






バーを経営しているマスターは背が低くひげも生えていないのに、なぜかダンディで頼りになるいい人だ。






(バーのマスターならひげ生やせばいいのに。)






そんな俺の思いも仕事をしているうちに闇へと消えていく。






「今日も閉店まで頑張るかな。」






そう思った矢先だった。






カランカラン






ドアのベルがなり、いつものように「いらっしゃいませ~。」と反射的に声を出す。






「何名様ですか?」そう聞こうと顔をあげたその時、俺は夢をみたのだ。






そう自分に言い聞かせることしかできなかった。






そこに立っていたのは君だったから。






茶色で長い髪。あの時は一瞬しか見えなかった顔も、間近で見るときれいに整っていて本当にお姫様みたいだった。






服装は違うが、確かに俺が思わず一目惚れして告白してしまった君だ。






「あの、どうかしたんですか?何か悪いことでもしちゃいました?」






困った顔で無言で立ち尽くしていた俺に声をかける。






俺はハッと我に返り、「すみません、疲れてぼけっとしてて。」笑いながら君に言う。






緊張でそれしかいうことが出来なかった。






席に案内して注文をとる。






「カシスオレンジで。」






いかにも女の子って感じの注文でホッとした。






ウィスキーのストレート、チェイサー付きで。なんて言われた日には目を疑うかもしれない。






お姫様が40度のお酒をゴクゴク飲むような酒豪だったらちょっと引くかもなぁ。






注文を受け、テーブルまでドリンクを運ぶ。






「こちらがカシスオレンジになります。」






緊張で手が震えながらドリンクを置く。






「ありがとう。」






顔を見ず君がサラッと言ったその言葉が、俺には「もう関わらないで。」そう言っている風に見えた。






今日は人もいないから、早く帰れるかなぁ。






そうやって悲しみをどこかへ投げ捨ててしまいたい。






俺はマスターのところへトボトボと戻った。






◇◇◇◇◇






11時を回り、もう帰るかなと思っていた時だった。






「すみません。」






聞きなれない、かわいらしい声が聞こえた。






悲しげな顔で君のもとへ向かう。






君から言われた注文はまさかの「ウィスキーのストレート、チェイサー付きで。」






俺は目を丸くしてただただ目の前で起こった現実をどうにかして振り払おうと、オーダー表に力強く「ウィスキー、ストレート、チェイサー」、そう言われたままに書いたのであった。

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