第35話 何故こうなった!

 ある日の午前中、というかもうすぐ正午になりそうな時間。

 授業を終えた俺が外へ出て深呼吸なんてものをした時。

 俺が村用に大八車を改造して作ったリアカー第3号に木材を満載して向かってくる奴がいた。

 ある時は狩りの前面攻撃担当、ある時は怪我人。

 その正体はダビである。

 あのクマ事件の時にホセとともに家に運び込まれたドレッドヘアだ。


「ホセの兄貴、持ってきましたぜ」

「よし、それじゃひと作業だな」

 授業の復習を終えて家を出て来たホセがそんな事を言う。

 いったい何をする気なんだろう。

 そもそもここは、俺の家の敷地なんですけれど。


 俺の疑問に気付いたのだろう。

 ホセはにやりと笑う。

「いやな、教室で一部屋使って申し訳ないから、教室とトイレを備えた別棟をここに作ろうと思ってさ。サクヤさんにただ世話になったんじゃ申し訳ねえし、これくらいしようと思って」

「教室以外にも色々使う事があると思うんでさ。ファナちゃんがクマを獲って来たりガナコを獲ってきたりした時とかさ」

 おい、つまり教室兼宴会場かい!


「もうカットは済んでいるんで、土台石に乗せて組むだけでっさ」

 そして仕事がえらい早い。

 最初ガンガンと深場まで穴を掘る。

 何せ筋肉コンビだからあっという間にホセの身長より穴が深くなる。

 その後は柱や枠の組み立てだ。

 持ってきた石の上に木の柱を乗せ、はめ込むだけで家の外枠が完成。

 ホセとダビ2人だけなのにどんどん家が組みあがっていく。

 俺が異議を挟む隙すら無い。

 ああ、ダビの本業は大工だったんだなあ。

 そんな事をぼーっと思っているうちに柱が立ち、壁を張って、床が出来て屋根を乗せて。

 最後に窓と入口に引き戸を取り付ければそこそこ大きいトイレ付教室(兼集会所兼飲み会場所)の完成だ。


「いやあ、いい仕事をしましたぜ、兄貴」

「ああ、いい出来だ」

 確かに所要1時間で建ったとは思えないほどきちんとした家だ。

 中はトイレと1部屋だけだが、今授業で使っている部屋の倍くらいは広い。

 確かにこれなら授業は快適になるだろうけれどさ。


「来年の狩りのシーズンになればきっとこの教室も一杯になりますぜ。今は農業が忙しくて来れない連中も、字を書けるようになりたいとか魔法を使えるようになりたいっていう奴が多いっすからな」

「ああ。俺達は狩りのシーズンだがな」

「またガナコやクマが出たらここで宴会でっさ」

 おい待て。

 来年も文字教室をやるのか俺は。

 しかも生徒が今以上に増えるだと。

 そんなの初耳だぞ俺は。

 誰だそんな事を言っている奴は。


「それじゃ明日からもよろしく頼みます」

「ホセの兄貴を宜しくお願いしまっさ」

 リアカーを引いて2人は帰っていく。

 何か冗談だか演劇の一幕とかを見ていたような気分だ。

 でも気が付いてみれば確かに本物の建物が一軒建ってしまっている訳で……


「凄いですね。それにこの木材、きっと低い場所からずっと持ってきたものを惜しげもなく使ったのでしょうね」

 ファナに言われてみて気が付く。

 この辺は標高が高すぎて普通の木は生えない。

 あのグチャグチャの森の細くて曲がりくねっていて背が低い木がやっと。

 こういった真っすぐで太い木は最低でも標高にして500は下る必要がある。

 そういった木材が最低でも20本以上。

 壁や屋根は木の皮とか草束を使っているが、柱や床はそういった貴重な木だ。

 材料調達だけでも結構な費用、あるいはかなりの労働力が必要だっただろう。

 そんな貴重な素材を……

 思わず感動しかけて、そして気付く。


 ちょっと待った!

 俺はこんなのを望んではいないぞ!

 俺自身は静かに暮らせればそれで充分なんだ。

 むしろ宴会とかは苦手なんだ。

 どうしてこんなのが出来てしまったんだ!

 理由も状況もわかる。

 でも納得はしたくない。

 ふとある諺を思い出した。

『地獄への道は善意で舗装されている』

 この諺はこの場合に使用して適切なのだろうか。


「中は明るくて広いですよ。何より新しい家の匂いが気持ちいいです」

 まあファナが喜んでいるならそれでいいだろう。

 うん、きっと。

 俺は無理やり俺自身をそう納得させたのだった。

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