第15話 魔的な痕跡

 お弁当を食べたら再び谷へ向かって下りていく。

「寒くなってきたけれど大丈夫か」

「私は大丈夫です。サクヤ様は?」

「大丈夫。一応着るものも対策してきたしさ」

 もしファナが寒かったら上着を貸すなり魔法を使うなりするつもりだった。

 だが犬の獣人は寒さにも強い模様。


 実際日陰に入ってから一気に寒くなった。

 何せこの辺も標高にして三千メートル超え。

 緯度が15度程度と低いけれど結構寒い。

 しばらく歩いてあのグチャグチャの森と同じ林に入った。

 赤い木肌が特徴的なあまり背の高くない木の林が続いている。

 この辺からは下草も多く歩きにくい感じ。

「一度沢筋に出よう。歩きにくいしこの辺ならもうそんなに段差は無いだろ」

「そうですね」

 そんな訳で沢方面へ。


 歩いていて微妙な違和感を感じる。

 何か生物全体が少ないような……

 昆虫とかは冬だから少ないのはわかる。

 でも鳥類や哺乳類は冬眠しない連中も結構いる筈だのだ。

 この辺のクマは冬眠しないし。

「少し嫌な感じがします。サクヤ様はどう思いますか」

「確かに生物が少ない感じがするな」

「多分あのいやな感じのせいです。何というか冷たくてどろっとした感じで近づきたくない雰囲気です」

 俺は感じない。

「方向はどっちだ」

「右斜め前方向です」

 俺達が目指す谷の方向だ。


「本当は行かない方がいいと感じます。でもきっとサクヤ様はそれを探しに来たのですよね」

「危険そうなら帰ってもいい。ひょっとしたら何かあるのかもしれない」

「いいえ、サクヤ様が行くなら一緒に行きます」

「なら行くけれど充分注意してくれ。何かあったら頼むな」

「はい」

 やっぱり俺よりファナの方が頼りになるよな。

 魔法だけは俺の方が上だけれども。


 暗い沢に出た。

 沢沿いの水のない場所を歩いていく。

 例年ならそろそろ雨期に入るのだが今年ははまだ。

 それでも土の部分は湿気ていて歩きにくい。

 ただ沢のここの部分は比較的傾斜が緩やかだ。

 足下に注意しながら行く。

 やはり動物が極端に少ない。

 というかほとんどいないのだ。

 これは間違いなく何かある。


 それに気づいたのはやはりファナの方が早かった。

「肉が焦げたような臭いがします」

 言われると確かにそんな感じがする。

「思いっきり進む方向だな」

「どうしますか」

 走査した限りでは危険は感じない。

 少なくとも魔獣とかはいない筈だ。

「注意しながらゆっくり近づいてみる。何か感じたら教えてくれ」

「わかりました」

 ゆっくり、ゆっくり近づく。

 林の中の一部が開けているのが走査でわかった。

 恐らくは小規模な村だ。

 ただ生命反応は感じない。

 これは……


 林が開けた。

 目の前にあるのはやはり村だった場所。

 だが人も動物も気配は全く無い。

 かつ中心部に何か巨大な焦げた残骸が多数ある。

「おそらく獣人の村だった処、だと思います。私のいた村と同じように病気で全滅したのでしょう」

 それはわかる。

 でも此処にはあの村とはかなり違った空気がある。 

 死臭はむしろあまりしない。

 おそらく全滅したのはファナがいた村と同時期だろう。

 でもここは他にも何かあった気配がする。

 いや、何かがあったではなく今でもあるような。

 次の瞬間、俺は気付いた。


「ファナ動くな。出るぞ!」

 俺はファナの前へ飛び出し魔法を起動。

 前方向に眩しいまでの光が出現して辺りを光圧で覆う。

 光の神インティの力で悪しき存在アービラを倒す上級破邪インティ・ライミ呪文。

 実際には光の神インティなんて存在はいないらしいけれどな。

 勿論こんな魔法を使うのは初めてだ。

 目の前の風景から幾つもの黒影が出現して消える。

 俺の魔法の力がこれらを悪しき存在アービラと認識している。

 まさか悪しき存在アービラなんて本当に存在するとは思わなかった。

 便宜上の神と同じくらい便宜上の存在だと思っていたのだが。

 この世界には神とか悪しき存在アービラなんてものが実在するのだろうか。

 

 光が消えた後。

 そこは元の場所だったが雰囲気は大分変っていた。

 あと少しだけ明るくなったような気もするのは気のせいか。

「あの近づきたくない雰囲気が薄れました。ただ完全に消えていないと思います」

 なるほど。

 念のために抗魔魔法を俺とファナにかけておく。

 今のでここにいた魔物は倒したと思うが念の為だ。

「この村の多分中央部だ。行くぞ」

 そこに何か魔の波長を感じる。

 

 おそらくは村の中央広場のような場所だったのだろう。

 それはそこにあった。

 土の上にはっきり刻まれた魔法的図形。

 泥炭を積み上げて燃やしたらしい篝火の痕跡。

 石造りの簡素な祭壇の上に残った赤黒い染み。


「この図形をファナは見たことがあるか?」

 ファナは首を横に振る。

「私はありません。それに犬の獣人族はそもそも魔法を使った祈祷はしないです」

 となるとファナ達と違う風習を持つ獣人族の村だったのだろうか。

 それとも獣人族以外の存在が何かここで仕掛けたのだろうか。

 俺自身は知らない魔法的図形だ。

 でも共通する印等で示している意味はだいたいわかる。

『恨みを糧に●●●●に力を』

 そんな内容だ。

 なお●●●●は俺の知識では読めない部分だ。


「とりあえずこの図形の意味は消しておこう」

 取り敢えず図形を魔法で俺の脳裏テンポラリに記録した後。

 図形や篝火跡、祭壇等全体に魔法をかける。

整地グレイド

 表面の構造物が全て粉々に砕けた後、土が真っ平に均された。

 祭壇も図形も篝火の跡も何も痕跡は残らない。

「これで妙な魔獣が村にやってくる事も無いだろう」

 原因は今見た痕跡とそこで行われた何か。

 そう俺は確信していた。

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