第3話 惨劇の村

 村長の『健脚』は俺以上に達者だった。

 体力的には大分若い俺に分がある筈。

 だが足を置く位置とか飛ぶ高さコースなんてのが絶妙に巧い。

 自然俺は村長の足取りを追いかけていく状態になる。

 そんな感じで2時間、猛速度で移動した処にその村は在った。

 あるでなく在ったといった理由は簡単で……


「これはまずい」

 近づいただけでわかる程に死臭が漂っている。

 つまり死体を片付ける事すら出来ない状態だという事だ。

 幸い大斜面に大型肉食獣はいない。

 でもかなり酷い状態になっていそうだ。

 事態は刻一刻を争うか既に手遅れか。

 俺は魔法全開で生存者を探す。

 全滅……いや、弱いがこれは。


「1人だけ生きています。村長は近づかないで下さい」

 俺と違って村長はこの世界の人間だ。

 病気に感染する恐れもある。

「わかった。頼む」

「任せて」

 俺は最高速で生存反応に急ぐ。

 ひときわ大きな家の一部屋だった。

 魔除けと治癒の魔法効果がある赤い布に包まれて小さな身体が動いている。

 この布の効果で若干延命できたのだろう。

 でもこのままでは待っているのは確実な死だ。


 上級治療魔法! 上級治療魔法!

 少し体力が戻ったようだ。

 苦しそうな息が多少ましになる。

 俺は赤い布ごと彼女を抱き上げた。

 身長だいたい140cm位、体重は30kgちょい。

 犬の獣人の女の子だ。

 病気が『インフルエンザ・重症』から『インフルエンザ・軽症』になる。

 上級治療魔法が効いたらしい。

 俺は彼女を抱えたままゆっくり部屋から出る。


 他の部屋は見なくても俺には魔法でわかる。

 父らしい頑健そうだった獣人も母らしい大柄な女性も倒れて動かない。

 状況から既に死後2日程度経っている様子だ。

 更に感知範囲を広げても結果は同じだ。

 この子が助かったのは赤い布の魔法効果のおかげだろう。


 俺は外に出て、殺菌殺ウィルス魔法を展開してから村長の元へ。

「この子だけです。他は全て死後2日以上経っています」

「一足遅かったか……」

 村長は項垂れる。

 でも彼のせいでは無い。

「俺達の村より早く病気が広がったようです。村で対策した後すぐ来てもおそらく間に合わなかったでしょう」


 村長はもう一度大きくため息をついた。

「せめて弔ってやりたいが今はその余裕も無い。せめてこの子だけは助けてやりたいのだが大丈夫だろうか」

「ええ、この布の加護のおかげですね」

 上級治療魔法を2回かければ大体の病気は回復する。

 でもこの子が生き残ったのは間違いなくこの布の加護のおかげ。

 俺はこの子の家の方向、倒れていたこの子の父母に向かって頭を下げる。

 確かにこの子の命は預かりましたよと。

 だから安心して眠って下さいと。


「それでは戻るとするか。その子はサクヤ殿に任せて大丈夫か」

「ええ」

「では少しだけ行きより歩幅を落として行こうか」

 確かに村長の『健脚』はかなりの速度だったしな。

 子供を抱えてではあの速度は無理だ。

 それに行きは大斜面の下りだったが帰りは登り。

 そんな訳で速度を加減してもらっても何気に結構辛かったりする。


「それでその子はどうする。恐らく村では……」

 言葉を濁した理由はわかる。

 開拓からそれほど経っていない村だ。

 余力は元々あまり無い。

 強いて言えば村長とか古い居住者には多少の余力があっただろう。

 でも今回の疫病で色々放出している。

 これから冬を迎える以上余力はほとんど無い。


「うちで責任を持って育てます」

 それしか無いだろうと俺は思う。

 それにさっきこの子の父母に俺は誓ったのだ。

 確かにこの子の命は預かりましたと。

 所詮VR世界の中の出来事。

 ここは数値世界上で物事もあくまで計算機内のヴァーチャルなもの。

 だが生物も住民も宇宙創成からの過程を得て自然発生したものだ。

 そのせいか完全な作り物と違ってそれぞれ生きているような気がする。

 それだけの現実感があると言ってもいい。


「頼んでいいか」

「勿論です」

 だから俺はこの子を責任持って育てるつもりだ。

 俺のできる限りの方法論でもって。

「ジャックも少しは安心するだろう」

 誰だそれは。

 そう言わなくても村長には通じたらしい。

「その子の父親じゃよ。開拓当初世話になってな」

 そうか。

 俺には何も言えなかった。

 感情的にヤバくなりそうで。


 これはVR! これはVR!

 そう呪文を自分に言い聞かせてもヤバい状態がおさまらない。

 唯一の救いが現在『健脚』で走っている事。

 足下に注意して走る事と抱えている少女に衝撃を与えない事。

 それに集中していればパニック症状が出なくて済む。

 ヤバい気持ちに目を向けなくて済む。

 死臭や死体を思い出して叫ばずに済む。

 勿論ここでログアウトして後は自動で任せる手もある。

 精神安定にはその方がいいかもしれない。

 でも俺はそうしなかった。

 理由はただ単にそうしたくなかったから。

 叫びたくなるようなパニック症状寸前の精神を抱えながら。

 俺はとにかく走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る