第19話「四大国の集い」

 トーライ王国を北東に抜けたロクスレイ達はすぐさま王都アミーリアに入った。


 王都では相変わらずの賑わいを見せつつも、街ではモグリスタ共和国と戦争状態に入ったことが噂され。不安の声がささやかれていた。


 ノイル三世の統治下ではないが、歴史上モグリスタ共和国にフサール王国南部が占領されたこともあり。その際の現地住民への仕打ちは今でも語り草となっている。


 占領地域におけるなけなしの食料を略取するのは当然のように、家族の大黒柱を戦場の矢面に立たせたり、そうして残された妻や女子供を戦争の功労として兵士に渡したり。とても道徳的とは言えない占領政策を敷いた過去がある。


 だからこそ、フサール王国の民はモグリスタ共和国の侵攻を戦々恐々と見守っているのだ。


「占領した土地の現地住民を自国に編入させるのは苦労するからな。俺の国では住民を強制的に移住させることで離反を回避したものだ」


 トーマスはモグリスタ共和国の話を聞いて、そう述べた。


「王城へ急ぎましょう。ウィルとメイは待機していてください。王城にはミリアとトーマスとソルス、それに私が行きます」


 ロクスレイはそう言って二手に分かれると、王城の門をくぐった。


「先にノッディンガム宰相に報告します。三人は休んでいてください。もしも私に何かあっても、三人に危害は加えないでしょう」


「えっ? どうしてそうなるのかしら? ノッディンガム宰相はロクスレイの味方なんでしょう」


「あくまでも使う側と使われる側です。それにソルスは三公が私を妨害していると疑っていますが、私はノッディンガム宰相も疑っているのです」


 ロクスレイがソルスに視線をやると、どうやら思惑に気付いたらしい。


「知りすぎた仲だから謀殺するというのじゃな。考えすぎではないかのう?」


「そうですね。思い過ごしなら良いのですが、今回の件、実はまだノッディンガム宰相にも話していないのです」


「それは報告義務の怠慢ではないのかのう。そこまで信じておらんのか」


「妨害も、あくまで仮説です。三公や宰相が関与した証拠はありません。しかしここまで妨害が激しいのならば、ノッディンガム宰相に話さないわけにはいきません。ただ主犯と気づかれたと判断して、その場で殺害するほどノッディンガム宰相も浅慮ではないでしょう。すぐにどうなることはないと思います」


「そうかのう。まあ、気を付けるのじゃぞ」


 ロクスレイは案内人の召使と二人、ノッディンガム宰相の執務室に赴く。部屋の前に立ったロクスレイは静かに扉をノックすると、返事が返ってきた。


「どうぞ」


 ロクスレイは言葉に導かれるまま、執務室に入室する。そこには執務机の書類と格闘しているノッディンガム宰相がいた。


 ノッディンガム宰相はこちらに眼もくれず、紙の束を粛々と処理している。


「報告は短く、正確に頼む」


 ロクスレイはこれまでのことを伝える。シラテミス王国での指名手配の件、ダークウッドの森を経由したため到着が遅れたこと、トーライ王国でのモグリスタ共和国軍との遭遇を、事細かに話した。


 そしてロクスレイの見解、一連の妨害行為についての考察をノッディンガム宰相に打ち明けた。ノッディンガム宰相を疑っていること、以外は。


「それはまだ、十人会議の誰かに話していないな?」


「はい、サトクリフ外務大臣にも話してはいません。あ、ただビックマザー・ソルスには既に相談してしまいました。申し訳ございません」


「いや、いい。マザーならば権謀にはほど遠い存在だろう。心配はなかろう。この問題は私に一任してもらえないか。それと指名手配の件も、わたしから正式に抗議文を送っておく。いいな」


「それは、こちらとしてもお願いしたいことです。ノッディンガム宰相にならお任せできます」


 ロクスレイはこのまま問題が握りつぶされることを恐れたが、正面切って断れるほど強気にはなれなかった。


「すぐにでも十人会議を招集する。その前に、ロクスレイに客人がいるな」


「客人? トーマス以外にも誰かいるのですか?」


 ロクスレイがキョトンとしていると、ノッディンガム宰相から信じられない言葉を聞いた。


「今から二週間前、予言で言われていた四大国の使者のうち、二人が王都に訪れた。ロクスレイとの面会を希望している。すぐにでも大国の使者の一人、トーマスを加えた四人で話し合いたまえ。彼女らはそれを要請している」


 ロクスレイは突然のことに、驚きを隠せなかった。




 円卓会議に入ると、そこには二人の女性がいた。


 一人はマグダレーナ・スチュアート。死の国の出身と言い、生気を感じさせない青い肌と冷気を纏ったような青の混じったブロンド髪が特徴的な女性だ。今は初めて会った時と同じ黒のゴシック服を身に包んでいる。


 もう一人は、サンドリアのマリーナ。青と白を基調とした清楚な僧服に身を包んだ女性で、肌は黄褐色、髪の毛は僧帽に隠れて見えない。この四人の中では最も若そうな見た目で、華奢な体つきである。


「正直、驚きました。どちらか一人の大国の使者が訪れるとは予想していましたが、こうして四人が揃うなんて。我が国にはどういった用件です」


 円卓の一席に着席したロクスレイが開口一番に訊くと、マグダレーナが回答してくれた。


「私もお嬢さんもこの国には同じ用件よ。国交の開始と、通商協定。お嬢さんに至っては自国の宗教を伝播する許可を欲しかったそうだけど、断られたらしいわ」


「いいえ。今はまだお国の方に私の熱心さが伝わっていないだけです。神様の威光と慈愛を少しずつ首脳部の方々に説いていけば、きっと心を開かれます。これは私に与えられた試練なのです」


 マリーナが天啓を受けたかのように目を潤ませているのを、ロクスレイとトーマスはあきれ顔で見ていた。


「そこの二人は俺達に会いたかったそうだが、親善をして何か意味があるのか? 国の用事は済んだのであろう?」


 トーマスがロクスレイと同じ疑問を口にすると、それにマグダレーナが応えた。


「これから四大国は、必ず頻繁な交渉を行うはずよ。その窓口となるのはまず間違いなく私達、少しでも交友を深めるのは正しいのでは?」


「いきなり武器を突きつけた相手に言われる筋合いはないわな。俺は他の三国を信用してもいいが、お前だけは信用ならんな」


「あら、獲物をちらつかせただけで尻込みするなんて。意外に肝っ玉の小さな人なのね」


「おうおう、言ったな」


 トーマスが椅子を蹴って立ち上がる。ロクスレイはすぐさま、トーマスを制止した。


「ここは話し合いの場です。喧嘩なら国の外でしてください。問題を起こすならどちらも国外追放にしますよ」


「うぬぬぬ」


 トーマスは仕方ない、と言った様子で椅子を直して座りなおした。


 その様子を、マグダレーナは含み笑いで嘲笑していた。


「他にもこの国に来た理由は、私の場合他の二国の使者に嫌われたみたいだから、消去法よ。お嬢さんは?」


 発言を促され、マリーナは仕方なしという感じで喋った。


「私も、似たような選択です。それに大司教様は南にこそ<天十字教>にとっての新天地があると宣言されました。私はそれに従ったまでです」


 マリーナは天に誓って嘘偽りはありません、と示すように胸の前で十字と円を切った。


 マグダレーナはその様子を相槌を打ちながら聞いた後、一つの提案を示した。


「そこで相談なのだけど。四大国で一つの基本方針を提案したいの」


「はい? 言っておきますが、私は一介の外交官です。それは国家の首脳が行う対話なのでは?」


「これはあくまでも臨時的な決議よ。それに紙面にはしない。口約束。自国に持って帰って気に入らないなら、再度国際会議を開けばいいわ。四大国がこんなにそろう偶然なんて、これからあるかどうか分からないのだし。話は早めに進めた方がいいわ」


 ロクスレイは会談のペースをマグダレーナに持っていかれていると感じつつも、その合理的な考えにノーを突きつけるほど非理知的ではなかった。


「私からの提案は、必要とされる以外に四大国それぞれの干渉を制限することよ」


 その提案に、トーマスはすぐに反応した。


「俺は反対だ。まずこのフサール王国に来たこと自体、四大国の干渉にあたる内容だからな。今更、何もせずに帰ることなどできん」


「まあ、話を聞いて。必要とされる場合は、これには入らないわ。必要とされる条件は両国の了承があるか、もしくは四大国のうち多数決で干渉するか否かを決定する。どうかしら、これを国際会議でも適応すべきだと思わない」


 ロクスレイはマグダレーナの言わんとする意図を察した。おそらくマグダレーナの死の国はまだ隔たれた世界での国家間問題を解決できていないのだ。


 それはフサール王国とて同じだ。幾ら六王国が堅固な同盟を結んでいるとはいえ、隔たれた世界の半分は敵対国と中立国だ。もし他の隔たれた世界に干渉するならば、まず自分達の隔たれた世界を統一したい。


 それはおそらく、他の三大国も同じはずだ。


「早速多数決を取るわ。この議題に賛成の者は手を挙げて。当然私は賛成よ。次はお嬢さん」


 指名されたマリーナは、促されるまま手を挙げるかと思いきや、そうはならなかった。


「確かに神の柱の中では、まだ天十字教を受け入れられていない国家があります。しかし、大司教様が言われた使命を果たすまで、私は帰るつもりはありません」


 このマリーナと言う女性、意外に頑固だ。その目に宿る使命と言う炎は、やすやすと消えるものではなさそうだ。これは長期戦になるやもしれない。


 だからこそ、ここは先にアドバンテージを取るべきだ。


「私は賛成です。詳しくは言うつもりはありませんが、こちらの隔たれた世界は完全に統一されたわけではないのです。アナタ方と同じく」


 ロクスレイは他をやや牽制しつつ。次はトーマスの番となった。トーマスは条件付きとはいえ、気に入らないマグダレーナの提案に反対するかと思われた。


 しかし、トーマスは手を挙げたのだ。


「状況はこちらの国とて同じだ。その議題、賛成しよう。当然、これは仮の決議だからな」


 トーマスはマグダレーナに歯を剥きながらも、賛同したのだった。


「では三対一。この決議は仮とはいえ、決定されました」


マグダレーナは司法の木槌の代わりに、自分の指でテーブルをノックした。

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