第9話「会談と会食、及び式典の騒動」

「ではこちらの、フサール王国外務大臣ロス・サトクリフ殿からの親書をお受け取りください」



「うむ。確かに」



 デイドウ外務大臣がロクスレイから親書を受け取ると、中身に軽く目を通す。そこには外交辞令の前置きから始まり、幾つかのフサール王国の提案が記されていた。



「まず何を始めるにも国交関係がなければ始まりません。フサール王国とタルーゴ共和国の間で正式な交渉を開始しましょう。いずれは外務大臣同士での会談も希望されています」



「それはよろしい。会談についてはこちらも予定を調整しましょう」



 とはいえ、外務大臣も周囲五か国の王国と、敵対国家であるモグリスタ共和国とピラマン部族連合との問題で手一杯だ。実際に会うことがあるとすれば、何らかの重大な条約の締結、例えば同盟関係など、となってくるだろう。



 今はまだ、貴国との交渉を大事にしています、というサインに過ぎない。



「次に提案したいことは、フサール王国と海上貿易の話です」



「おお、それはこちらも興味のある話だ」



 ロクスレイは、海上の通行許可を頂きたい旨を述べた。



 この話は、意外にもデイドウ外務大臣の食いつきが良かった。



「海上の相互通行許可はこちらとしても大賛成だ。シラテミス王国、それと聞くところによるペネット王国との海上貿易も視野に入れたい。そして、海外線の地図を見させてもらったが、ドロス島への新たな海上ルートを利用させてもらいたい」



「ドロス島……ですか。それは?」



デイドウ外務大臣は一枚の地図のようなものを開いた。



「こちらはタルーゴ共和国の周辺の海図だ。これまでドロス島には西からの往復ルートしかなく、こちらは憎きアルマータ帝国の海上封鎖により交易が妨害されていた。だから相互通行許可はこちらとしても大賛成だ」



 海図を見ると、タルーゴ共和国から見て、海は北にある。そして海の北にあるドロス島と南にあるタルーゴ共和国は海に面しているように見える。



 けれどもドロス島とタルーゴの間の海には、東の絶理の壁から始まり西に切れ目を持つハワタリ岩礁と言う、長い岩礁地帯が続いている。どうやらこれのせいで海上交易は岩礁地帯の西の切れ目にあるアルマータ帝国領海を通る必要があるようだ。



 ただしデイドウ外務大臣の口ぶりからすると、アルマータ帝国とは仲が悪いようだ。そうなると、海上交易による相互通行許可もためらいが出る。このまま封鎖されていた海上貿易を東回りで開始されれば、海上封鎖による圧力をかけていたアルマータ帝国から不興を買いかねない。



 この相互通行許可、場合によっては解消する将来もあり得そうだ。



「海上交易の通行条約についてはこちらの本使であるミリアに締結してもらいましょう。では次の議題についてですが――デイドウ外務大臣から何かありますか?」



「うむ。実は急な話と思うかもしれないが……」



 デイドウ外務大臣はそう枕詞を置いてから、あることを言及した。



「タルーゴ共和国とフサール王国とで、不可侵条約を結べないかと考えている」



「――不可侵、ですか」



 ロクスレイはミリアと顔を見合わせる。なにせ、初めて出会った国との不可侵条約は慎重にならざるを得なかったからだ。もしも、タルーゴ共和国に敵対国家があるならば、その国との好感度は著しく下がってしまう。場合によっては敵対と同義だ。



 つまり、相手国についての情報が少ないならばこの不可侵条約は保留した方がいいのだ。



 更に言えば、不可侵条約を必要にするということは他国に攻め入る準備があるというサインでもある。後顧の憂いを断ち、敵国に攻撃するためだ。



 問題は、その敵国と言うのがどの国を言うかだ。



「失礼ですが、私達フサール王国はシラテミス王国を含む五王国と同盟関係にあります。フサール王国と不可侵条約を結ぶと言うことは、この五王国とも不可侵条約を結んだのと同じですが。よろしいのでしょうか?」



 ロクスレイは相手が気分を害さない程度に探りを入れた。



「構いませんな。私共もシラテミス王国や他の四国とも友好的関係を結びたいと思っているのだ」



 ロクスレイは既にタルーゴ共和国はアルマータ帝国と戦争状態にあるのではないかと、疑った。しかし、ここ首都に来るまでロクスレイは街という街で情報を集めたが、戦争をしているような雰囲気は全く感じられなかった。



 分からない。ならば、ここで安易に返答するのはフサール王国人民の安寧と国家の存亡にかかわる。



「分かりました。この案件はフサール王国に問い合わせてみましょう。色よい返事ができるといいのですが」



 ロクスレイは応えを一時保留した。これは派遣された外交官と特使が勝手に判断していい話ではないからだ。このことは集めた情報を送り、国王と十人会議の判断に任せるしかない。



「それはありがたい。ところでフサール王国とシラテミス王国が同盟関係にあると言うことだが、つまりシラテミス王国をフサール王国が見捨てることはない。ということだな」



 今度はデイドウ外務大臣が探りを入れてきた。ロクスレイはこちらの王国の意志を伝える意味でも正直に答える。



「見捨てる気など毛頭にありませんよ」



「となると、シラテミス王国はこれまで幾度も攻められて、フサール王国に助けられたことがあるわけだな?」



「いえ、それはありません。シラテミス王国は同盟をしてからここ二百年戦争のない国です。国力は万全でしょう」



 ロクスレイはシラテミス王国が戦争で疲弊しているという想像を否定した。



「同盟関係が二百年も!? それはそれは強固な関係でしょうな」



「その通りです。ところで、戦争と言いますと貴国とアルマータ帝国は仲が悪いようですが、やはり戦争を?」



 今度はロクスレイが探りを入れる番だ。



 デイドウ外務大臣はアルマータ帝国の名前を出すと、露骨に嫌そうな顔をした。やはり、そういう仲のようだ。



「はい、アルマータ帝国は卑劣な帝国でしてな。タルーゴ共和国の国民すべてはノマデス人という人種なのだが、アルマータ帝国の多くはピエス人。最初から友好関係などありえませんな。しかも卑劣なアルマータ帝国はこちらを侵略した土地のノマデス人を北の土地に拉致し、我らの土地にピエス人を住まわせる悪道を奮う。副使殿も気を付けなさい。ピエス人は非道な者しかいないからな!」



「な、なるほど」



 ロクスレイは知識として人種問題を知っていた。けれども、テムール大陸に人種差と言うものはなく、また身体の特徴で区別されていないため、人種問題は存在しない。なのでこうして人種問題を熱く語られても、はいそうですか、程度に感想を持てないのだ。



 それに非道悪道と言えども、敵国の言い分だ。参考にはならないだろう。



 これは正確な国際事情を知るため、アルマータ帝国にも早く行くべきだろう。



「世間話が過ぎましたね。では、そろそろ最初の会談はこの辺で終わりにしましょう」



 ロクスレイがそう切り上げると、デイドウ外務大臣も了承し、その日の会談は終了した。





「その場で調印すると思ったのに、また私の仕事がなかったわ」



 会談の帰路、ミリアは自分の仕事がなかったことにいささか不満げにしていた。



「まだ会談の初日なので、来なくてもいいと言ったでしょう。ミリアの仕事は王国から調印の許可が出てからです。何なら、一緒に来ずに調印許可の親書を持って後で入国する手も可能でしたよ」



「まさか! 黒百合騎士団の初めての遠征。それをこの目で見る栄誉を手放すはずがないでしょう。私は、私の意思でここにいるの。勝手に仲間外れにしないで」



「……そうですか」



 ミリアとは遠征により三か月共にいることになる。食事を共にしたり、他愛のない世間話や情報の交換をする、仲間である。



 それでもロクスレイは古くからの知り合いであるウィルやメイ、それにミラーほどにミリアを信じてはいない。ミリアには悪いが、ロクスレイにとって彼女を信頼しうる確固たる要因はまだないのだ。



 こればかりは単なる月日の問題もあり、致し方がない。



 会談が終了した次の日からは本格的な話し合いはなくとも、忙しくなった。外務大臣はもちろん、他議員とも会食して歓談を行い。会議で話し合われた条約の詳細や、今後の両国関係の発展について意見をぶつけ合った。



 式典の開催では、互いの軍事力の見本市のようになっていた。タルーゴ共和国側は百人あまりの重装歩兵の密集陣形を、一糸乱れぬ隊列移動で見せつけた。他にも、投槍を複数抱えた軽装歩兵、優雅に馬蹄で地面を打つ重装騎兵、身軽な姿の軽装騎兵、最後に弓兵と投石兵が現れた。



 ロクスレイの目で見たところ、重装歩兵が最も重視され、その反面弓兵や投石兵は軽視されている傾向にあると思えた。



 タルーゴ共和国の次は、フサール王国の番だ。まず初めにロクスレイの護衛である軽装弓騎兵が現れる。タルーゴ共和国の軽装騎兵は投槍中心なので、弓を持って鹿に乗る姿はタルーゴ共和国側から、器用に弓を扱いそれも鹿に乗るのかと感心されたようだ。



 次に現れたのは黒百合騎士団だ。まず皆の目を引いたのは華やかな女性達が鎧を見に纏っているという事実だ。多くの議員はその黒き美しさを称賛する一方、残りの議員達は眉をしかめて陰口を言い合っているように見えた。やはり、女性の騎士団と言うのはお飾りと思われて仕方がないようだ。



 だが、その印象もすぐに変わることとなる。



 黒百合騎士団が一度立ち止まり、槍の隙間にいる銃兵達が中空に向けて礼砲を放った時だった。



 総勢十五名による一斉射撃、それは空気を震わせ、地面を揺らした。音に慣れていないタルーゴ共和国の多くはその号砲に驚き、馬は取り乱して暴れていた。



 人間の方でも、椅子から転げ落ちたり、奇声を上げてパニックになったり。神のいかずちが降り注いだと勘違いして祈りを捧げる者もいた。



 予想していたとはいえ、あまりのタルーゴ共和国側の取り乱しようにロクスレイ自身も困惑しながら事態を収拾しようとした。



「皆さん落ち着いてください! これはマスケット銃による発砲音です。つまり火薬の燃焼による爆発、皆さんに危害はありません!」



 ロクスレイは皆に危険は迫っていないことを報せ、あまり混乱していない軍人幹部を中心に事態は沈静していった。



 それから式典は終了、もとい中止のような勢いで終わり。フサール王国の代表であるロクスレイとミリアの元に、あれはどういった物なのかと詳細を求める議員や軍人幹部が殺到した。



 ロクスレイは外務大臣にしたように、銃の説明を行う。そうなると幾人かの者達は即金で買い取りたいと申し出てきた。



 とは言っても、ロクスレイ達に余分な銃器の持ち合わせはない。黒百合騎士団に予備の銃があるが、それは軍事機密品のフロントロック式の銃だ。売るわけにはいかない。



 ロクスレイが、タルーゴ共和国側に同じような銃を贈ったことを伝えると、どこかに走り出す議員や軍人幹部がいた。おそらく、融通してもらうように掛け合うつもりなのだろう。



 それにしても、この式典にも会食にも宰相や執政官が姿を現さなかった。それだけがロクスレイにとって少し残念なことだった。

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