第3話「野盗の襲撃」



「救助は中止! 第一陣盾を構えろ。第二陣は弓持て。第三陣は鹿の準備だ!」



 騎乗するための鹿はロクスレイらの分を除けば、東の森の中だ。全員が鹿に乗り込むのは間に合わないと判断したミラーは敵を迎え撃つべく、隊列を整え始めた。



 西の森から轟々と声を上げて突撃してくるのは、五十名ほどの群団だ。身なりからして、兜のない者や盾を持たぬ者、革の鎧も着けていない男達だ。装備に統一性はなく、おそらく野盗の類だ。



「メイ、ここは任せますよ。私は出ます」



 ロクスレイは近場に控えさせていた自分の鹿から荷物を降ろし、荷物の中から円盤状の形をした物を取り出した。



 ロクスレイが円盤状のそれの仕掛けを動かすと、滑車が回り、複雑な線が張られる。そして、それは弓の形を成した。



 これはビックマザーから貸し与えられた神弓、とはいえ。異界の世界の知識で同じ物を知っている。



 コンパウンドボウ、もしくは機械弓と呼ばれるこの弓を、ロクスレイは複雑な機構を持つという人形から名前を取って、カラクリという名前で呼んでいる。



 ロクスレイは弓のカラクリを持って、自分の鹿に騎乗した。



「ミラー! 私は敵の弓兵を叩きに行きます。ここは任せましたよ。メイ、仲間をサポートしてあげてください!」



「おう、任されたであります。外交官殿」



「分かった。メイに任せろ」



 ミラーは盾を低く構えた第一陣の後ろから、第二陣に第一射を放たせていた。野盗達は十人ほど矢を受けてばたばた倒れるが、突撃の勢いは止まらない。



 その間にも、野盗達の弓兵と思わしき第二射がロクスレイ達の頭上へ、再び降り注ごうとしていた。



「<矢笠>を使います。ミラーは隊列の維持を!」



 ロクスレイは矢筒から一際大きな矢を掴む。その矢は長く太いだけではなく、柄に縄が幾重も巻き付けられている。



 ロクスレイはその特注の矢を弓につがえると、大きく弦を引いた。



 同時に、弓のカラクリの滑車が回り、複雑な機構が動き、弦に圧が掛かった。



「――っ!」



 ロクスレイは矢を空に向けて、放った。矢は飛び出すや否や、縄が傘のように開き、翼を広げて回りながら空を飛んだのだ。



 野盗達が放った矢は、その<矢笠>の回転する縄に、次々と撃ち落とされていく。



「次っ!」



 今度は、弓に三本の矢をつがえながら前に出る。ロクスレイを乗せた鹿は野盗達の突撃を右回りに回避するよう、手綱で操られる。



 それから、ロクスレイは側面から野盗に向けて三本の矢を放ったのだ。



「ぐげっ!」



「がっ!」



「うぐあああ!」



 ロクスレイの三本の矢は野盗の腹、喉、足に突き刺さる。ロクスレイはそのまま鹿の手綱を操り、野盗達を通り過ぎて行った。



 後ろでは、盾を持った護衛と野盗がぶつかり合う音がする。護衛はその日しのぎで市民を襲う野盗とは違い、毎日訓練された兵士だ。そう簡単にはやられないだろう。



 ロクスレイはロクスレイで野盗の射手を探さなければならない。



 ロクスレイを乗せた鹿は迷いもなく、西の森に入り込んだ。



「て、敵だっ!」



 森に隠れていた射手は思ったよりも容易く見つかった。それぞれ木の陰に隠れているが、カモフラージュになる服も来ていない。これなら全員を見つけ出すのも苦労はしないだろう。



 ロクスレイは近場の射手の一人を鹿の角による体当たりで蹴散らす。



 ロクスレイの乗っている鹿は弓の取り回しに困らないよう、三本ある角を短く切っている。それでも体当たりで人間を突き飛ばす程度の角は残っており、戦場でも鹿にこうして轢き殺される例はよくあるのだ。



 ロクスレイは鹿の上で再び矢をつがえる。軽く弦を引くと、目につく射手一人一人に正確な矢の一閃をお見舞いする。



 一人、二人、三人、四人、五人、と数える暇もないほど早く矢は射手の喉や胸を穿った。



 だが、射手もやられっぱなしではない。



「だあああ!」



「むっ!」



 ロクスレイは木の陰から飛び出した射手の一人にがんじがらめに掴まれ、鹿の上から引き落とされた。



 ロクスレイは射手ともみあいになりながら地面に倒れこむと、射手の方が先に短剣を抜いた。



「死ねえええ!」



 射手が両手でロクスレイの喉笛を裂こうとするのを、辛うじて両腕で相手の腕を掴み、防御する。



 けれども、簡単に相手の短剣を振り払うことはできない。ロクスレイはじわじわと喉に近づく短剣の切っ先に、じとりとした汗をかいた。



「プエエエエエ!」



 低い口笛のような音は、鹿の鳴き声だ。鹿は後ろ脚を蹴り上げて、ロクスレイに被さる射手の身体を突き飛ばした。



 その隙に、ロクスレイは弓のカラクリを持ち上げると、素早く矢を放って組み付いた射手の一人を射殺した。



 ロクスレイは次の敵が襲い掛かってこないか身構える。だが、他に人気はない。野盗の射手は全員倒せたようだ。



「プエー」



「助かりましたよ。ヴェッリ。お前は賢い鹿ですね」



 名前を呼ばれた鹿のヴェッリは細い頬をロクスレイの顔に擦り付けた。



「甘えるのはよいですが、今は後回しです。戻らなければなりません」



 ロクスレイは鹿のヴェッリを落ち着かせると、その上に跨った。それから急いで森を抜けて戦場へ戻る。



 戦場では、まだ護衛の隊列が野盗の突撃を支えていた。



 ロクスレイはその野盗の中へ、そのまま突き進んだ。



「おおおおおお!」



 鹿のヴェッリは暴れに暴れ、野盗を蹴散らす。ロクスレイは暴れるヴェッリの上でも正確に敵の身体に矢を射かけた。



 次いで、第三陣がやっと鹿に乗って戻り、戦線に加わる。その頃になると、野盗の勢いは盛り下がり、逃走をはかり始めた。



「一人も逃がしてはなりません。追撃してください」



 ロクスレイの号令を受けた第三陣は逃げる野盗の後ろから矢を放つか、短剣で斬り殺すかして、その場の野盗達を一人残らず狩りつくしていった。





 野盗を返り討ちにした後、ロクスレイ達は被害を確認した。



 最初の矢の当たり所が悪く、護衛の一人が死亡。他にも怪我人は六人、命に別状はない。ただしもう一人はかなりの重体であった。



「重体の一人は応急処置が済み次第、急いで街へ向かってください。任務は残りの者で行います」



「奇襲とはいえ、大事な隊員を失うとは、自分も、もう碌したようでありますな……。面目ない」



「ミラーのせいではありません。しかし、変ですね。野盗が完全武装した我々を襲うなんて、そうそうありますか?」



「それはありませんな。普通、野盗は兵士のいない村や用心棒の少ない商隊を襲うものであります。まさか、向こうが危険を冒してまで襲い掛かるなんて」



「……実はですね。今回の予言の場所については十人会議から情報が洩れているようなのですよ。ミラーや護衛の隊員たちは死んでも情報を漏らさないよう徹底していますから、おそらく十人会議の誰かでしょう」



「情報が!? なら野盗達は俺達を妨害するために雇われたってことですかい? 一体何の目的で?」



「それは、生き残りに訊いてみましょうか」



 ロクスレイは護衛が連れてきた一人の野盗を指さした。



「お、俺は頭から金儲けになる仕事があるって聞かされただけなんでさ。まさか銀鹿騎士団の一団と戦わされるなんて聞いてもいませんでしたぜ」



「私たちは銀鹿騎士団ではないのですけどね。まあ、訓練方法は真似しましたが、それはいいんです。誰から雇われましたか?」



「し、知らねえ。お頭なら顔を見てるかもしれねえが、俺以外生きていないなら、たぶん死んだ。本当でさあ」



 ロクスレイは野盗を睨む。けれどこの期に及んでこいつがまだ嘘をつく理由もない。おそらく、本当のことを言っているのだろう。



「この件は後回しにしましょう。生き残りの野盗は、ここで処分しても構いませんが、尋問の後、裁判にかけましょう。どうせ、死刑ですが」



 ロクスレイがそう言うと、野盗は絶望した顔をした後、怒りの形相に変わった。



「く、くっそ! 何もかも最近始まった農業改革が悪いんだ! 農奴をこき使ったあげく、耕作する畑を減らしやがって、こんなのあんまりだ!」



 農奴、つまり農民化した奴隷だが、フサール王国の農民のほぼ全員が農奴なのである。農奴、と言っても彼らの扱いは普通の農民とそう変わらない。ただ領主が所有物に対する責任を持つことと、よほどのコネがない限り農家以外の仕事しかできないことだろうか。



 盗賊は、そこから抜け出してきたようであった。



「時代に付いていけず、置いていかれる者は弱者となる時代です。それは自業自得。弱ければ弱いなりの振舞い方もできたのではないですか。必要以上に富を求めず、質素に暮らすこともできたはずです。それができないから、今こうなっているのですよ」



「……くそっ! くそおおおおう!」



 泣き崩れる野盗を置いて、ロクスレイはミラーに振り向いた。



「動ける護衛を半分に別けます。半数は怪我人を連れて街へ。残りの半数は任務を継続します。いいですね」



「構いませんが、雲が多くて時間がわかりませんですぜ」



「そろそろ時間なのは間違いありません。私は予言の台座に触れようと思います。何かあれば、他の皆を頼みますよ。ミラー」



「縁起でもありませんよ。しかし、分かりました。任せてください」



 ロクスレイは台座に近づく。もし何かあるとすれば、この台座に触れると顔無き預言者とやらに直接会うことができるかもしれない。



 ロクスレイは半ば期待、半ば心配を胸に、台座に触れた。



 すると、ロクスレイの意識が暗転した。



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