かれらは声をもたない

夏野けい

 足下の抵抗が失われる。優しく脚を引かれるような感覚は腹部まですぐに伝わり、臓物が浮き上がる不快さに襲われる。わずかな時間に違いない滑落。けれどその一瞬ごとは引きのばされて永遠のような錯覚に陥る。尾根には仲間たちの影があった。逆光で表情までは伺えない。土砂が巻き上がる。もうさっきまでいた山道は見えなくなった。目をつむる。まだ落下は止まらない。

 固まっていた喉が唐突にほどける。叫んだ。張り裂けそうなほどの大声を出した。それで救われるわけもないのに。

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