僕と彼女と幸せと。

忠犬ポテト

第1話 Palette

いつもの事、電車に揺られる帰り道。

いつもの日々なのに何故か木々の緑がとても鮮やかに見える。

朝から降っている雨は止むはずも無くただ大地を濡らしていた。

電車に乗る僕の耳にはイヤホン、そしてイヤホンからはお気に入りのロック曲が流れている。


澱んだ空気を切り裂き進む電車に揺られる僕と、目の前の席に座る僕の友人。

友人の隣に座る友人の彼女が僕を見て笑っている。

何がおかしいのか僕にはわからないけど、とても僕には幸せそうに見えた。

対して僕はどうだ、本当に幸せなのか?自分に嘘をついていないか?そう、自分自身に問掛ける。

いつもそうだ、僕は偽りの幸せを演じて、偽りの自分を自分自身で作り上げる。

そうやって生きてきたんだ、と、今更ながら痛感した。


僕は相変わらずイヤホンで耳を塞ぎ周りの声が聞こえないように、周りの目や情報を遮断するために、お気に入りのロック曲を流し、俯きながら電車の席に座っているのだった。


しばらくして僕の降りる駅に着くと、そこには見慣れた景色が広がっていた。

灰色の壁、青いベンチと駅限定の自販機、そして無人駅では無いものの小規模な改札口・・・と、何もいつもと変わらない駅がそこにはあった。


駅を抜け、駅前の細い路地に出る。

耳からイヤホンを外し環境音を聴く。

行き交う車の排気音、雨粒が地面に叩きつけられる音、人々の話し声。

様々な環境音が混じり合い頭の中を染め上げていく。

緑、黄色、赤、白、黒──

まるでパレットに色々な色の絵の具を出して、筆でかき混ぜたような感覚が僕を襲った。

心地悪い感触が心と頭の中を掻き乱す。

そして風のざわめきが僕を嘲笑った。

((君はどうしていつも独りなの?))

((本当はみんなに嫌われてるかもね))

((全部・・・見てるよ・・・))

((逃げることなんて出来やしない))


「・・・くっ」


頭痛と目眩と吐き気に襲われて思わず声が漏れてしまった。

意識が朦朧とする、脚の力が抜けてその場にへたり込みそうになった瞬間、暖かい感触が右手を包んだ。

「大丈夫・・・ですか?」

かろうじで意識を取り戻した僕の右手には、細く白くとても綺麗な──まるで人形を思わせるような小さな手のひらが僕の右手を強く握り締めていた。

「・・・・・・はい」

僕は何故か間を置いてから返事をし、右手を握っている少女の姿を見た。


見た事の無い制服姿に身を包み、高身長で黒髪ロングヘアの少女・・・いや、恐らく僕と同い年だろうか。

「あの、すみません、高校──

と言いかけた瞬間ロングヘアの彼女が顔を赤くして、僕の手を振り払い「その・・・あのっ・・・!!こっこれは・・・そう、制服です!!」

と言った。

不覚にも可愛いと思ってしまった。

「で、ではこれで!!」

礼を言う間もなく走り去って行ってしまった、彼女が今まで目の前にいたことを証明するかのように、甘い花の蜜のような残り香が少し僕の鼻を擽った。


気がつくとさっきまでの不快感はどこかに消え、今はただあの暖かい感触が手に残っている気がして、少しだけ暖かい気持ちになったいた。

何となく、久しぶりに人の温もりを感じたような気がした。


日常の中に溶け込む非日常が、世界を彩って行く。

僕は誰よりもその事を知っている。


いや、正確には"今日知った"のかも知れない。

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