第14話 怒らせたらダメな2人

「そりゃあれだ、TPK事件のことだ」

『TPK事件……?』


 “そのうち”はすぐにやってきた。

 始まりの町と呼ばれる初心者が最初に拠点にする町――シャハラ。家屋が多く立ち並び、随所に冒険に必要な建物――武器や防具を取り扱った店や冒険者ギルド、鍛冶屋等が建設されている。

 そしてその一角にはプレイヤーが土地を購入して建設した食堂がある。

 その名もあなざわ食堂。

 アナザーワールドにおいて【料理】とはアバターの能力値を一時的に上げるアイテムであり消耗品だ。それを独自の価格設定で提供する場所が【料理】ギルドだ。

 あなざわ食堂はシャハラに店舗を構える個人経営のギルドであり、初心者プレイヤーならば一度はお世話になるほどの有名店である。ここの定食は格安でありながらコストパフォーマンスが良く、俺もよく世話になっている。


『<シェフ>。なんで教えちゃうの?』


 俺とこんちゃんが座っているテーブルの横に飄々ひょうひょうとした風貌のおっさんアバターが立っていた。ワイシャツにエプロンというどこか所帯染みた格好をした彼こそ、この食堂を切り盛りしているプレイヤーである。

 喫茶店のマスターって感じだが二つ名は<シェフ>だ。


「えぇ? 隠してたのかい? どうせお前さんと行動を共にしてたらすぐに耳に入る大事件じゃないか」


 眠そうな目をわざとらしく見開き、不精髭を撫でる。

 声は渋く、いかにもダンディーなおっさんって感じだが、中身は結構適当だ。そんな彼の言葉を真に受けてしまったのかこんちゃんが『大事件……』と呟いている。

 これはいけない。


『ちょっと、大げさなことを言って俺の友人を脅かさないでくれよ』

「驚いたのはこっちだっつーの。【ヴァニの着ぐるみ】なんて【ネタ装備】で来店した珍客から、聞き覚えのある声が聞こえてきた俺の身にもなってくれ。知らないイベントでも始まったのかって焦っちまったよ」

『これには色々と理由があるって言っただろ? こんちゃんは顔を見られると困るんだよ』

「身バレ防止ね~。初心者がやりがちなミスだが……つーか、どこのお嬢さんを引っかけてきたんだい。お前さんはよお」

『引っかけって……人聞きの悪い』

「しかも、えぇ? 友人? ソロプレイ大好きボッチ野郎のキミに、友達だぁ?」

『今日は随分と突っかかってくるな……』

「リア充爆発しろ」

『それが本音かい!』


 いつもなら『アシストキャラ』に給仕させるところをわざわざ<シェフ>自ら【料理】を運んできた段階でおかしいとは思っていたんだ。そんなことを考えていたのかこのおっさんは。


「そう可愛い顔で睨みなさんなって、冗談だよ、じょーだん。付き合い長いんだから大目に見なさいよ」

『ほんとかよ。目がマジだったぞ……あと可愛い言うな』

「ヴァニーちゃんが偉そうに」


 俺たちが言い合いをしている中、板挟みになったこんちゃんが『仲良しさんです』とほほ笑んだ。そんな感想を嬉しそうに語られては、俺はもちろん<シェフ>も毒気を抜くしかない。


「ったく、久々にログインしてんならさっさと顔くらい見せとけってーの」


 なにそのツンデレキャラ。俺に会えなくて寂しかった――みたいに聞こえるからやめてほしい。


『デレんなよおっさん』

「デレてねーよ」

『じゃあ、さっさと厨房に戻って――』

『あ、待ってください。TPKの話、聞きたいです』


 ぐはっ、誤魔化せなかった。せっかく話題を反らしてあしらおうと思ったのに……。


「おう、いいぜ。えーっと……」

『あ、自己紹介がまだでしたね。わたしF・こんこんといいます』

「俺はルシアン、周りには<シェフ>なんて呼ばれてる。どっちでも好きに呼んでくれ」

『では……シスくんと同じで、シェフさんと』

「かぁーなんというかこう、いじらしいってーの? シスコンにはもったいない娘だ」

『ほっとけ』

「で、こんちゃんだっけ? まずTPKってのはタウンプレイヤーキルの略で俗称ってやつだ」

『タウンプレイヤーキル?』


 もうダメか。阻止できなかったのなら俺は静観していよう。

 “そのうち”知ってしまうとは思っていたし、最初のうちにばれてしまえば色々とダメージも少ない。


「このアナザーワールドにおいて、タウン――つまりプレイヤーの拠点となる町などではPKをすることができない。武器を振っても相手の身体をすり抜けるだけでHPは減らない。殴ったり蹴ったりしても相手の身体に当たることはない。むしろ、度が過ぎれば迷惑行為と認定され攻撃している側が注意を受けることになっちまう。ここまではいいかな?」


 こくこくとこんちゃんが頷いている。

 着ぐるみの頭ががくがく揺れるだけなので少しシュールだ。


「だけど、約一年前に1回だけ、拠点の中でPKを実行できたプレイヤーが1人いたんだ」

『それが、シスくん?』

「おう。と言っても正確には“PKのようなもの”、だな。こいつの名前、妹魂シスコンだろ?」

『? はい、素敵なお名前です』


 こんちゃんは何を当たり前のことを聞いてくるのか、といった感じで頷き、逆に<シェフ>は「す、素敵……?」と困惑している。


「まぁいいか。でな、プレイヤーの名前なんて変なものばっかだから、シスコンなんて特別でもなんでもなかったんだがよう。当時、こいつの名前を揶揄ったやつがいたんだ」

『……からかう、とは?』


 ……ん? なんかこんちゃんの声色が変わったような……気のせいかな?


「キモいとか、恥ずかしくないのかよ――とかだったか? まぁそこまでならよかったんだが……よりにもよってそいつはこいつのリアル妹を馬鹿にするような発言をしちまったんだよ」

『……ダメです』

「そう駄目だ。暴言や誹謗中傷はいけねえよな」


 懐かしいなー初心者の頃の俺があなざわ食堂で【料理】を食っている時に絡んできたプレイヤーがいたのだ。お互いに自己紹介をした後に急に俺の名前を弄りだして馬鹿にしてきた。お前の名前の両脇にある†記号も大概だぞってツッコミたかったがトラブルは面倒だったので我慢した。

 だけど見たことも会ったこともない俺の妹に対しての罵倒を聞いた瞬間――俺はキレていた。

 というか斬っていた。


「こいつが唯一取れた行動は拠点内では意味のない攻撃だけだった。だがあれはまさに神速の一撃ってやつだった。俺も見ていたが太刀筋は見切れなかったし、あの場にいたプレイヤーの誰しもが「え? もしかして今、斬ったのか?」ってポカーンとしちまった」

『……それで、どうなったんですか?』

「もちろんHPなんて減るわけがないから死ぬことはねえ――はずだった」

 

 俺も剣を振った後に冷静になって「残念、ここじゃ殺せなかった」と気恥ずかしくなって苦笑して誤魔化した。それがたぶんいけなかったのだろう。俺はよく眼鏡をしていないと「目つきがヤバい」と妹にさえ怖がられてしまうほどだから。


「だけどその暴言男は死んだみたいにこのゲームから消えちまったのさ。一瞬でな」

『なぜですか?』

「なぜ? って思うだろ? 俺たちも街中でPKが行われて最初は大騒ぎだった。だけどすぐに答えを導き出した奴がこう叫んだ。「強制ログアウトと同じだ!」ってな」

『強制、ログアウト……?』


 <シェフ>が話疲れた、とでも言うように俺に視線を移してきた。ここまで回想してやったんだから用語の解説はお前がやれってことなんだろう。

 

『強制ログアウトっていうのはプレイヤーの精神を護るための脱出装置みたいなものかな。主に最近のVR版ホラーゲームに実装されているシステムと同じもの』

『ホラー……』

「つまり、このシスコン男の殺意があまりにも怖すぎて、暴言男の恐怖を感じ取った<アーチ>が強制ログアウトを作動させた――それがTPK事件の真相でこいつを一躍有名人にしたのさ」


 あの後は大変だった。

 フィールドやダンジョンならいざ知らず、拠点内での強制ログアウトなんて初めての事例だったため、運営から経緯を直接確認された。暴言を吐いていたのは相手だけだったので俺に対するお咎めがなかったのがせめてもの救いだ。

 ネットはちょっとした盛り上がりをみせログアウトと強制ログアウトのエフェクトの違いを初めて知ったなどどうでもいい話題や、殺意でPKができるプレイヤーが現れたなど言いたい放題だった。


「最初は町PKとか殺意実装事件なんて呼ばれ方もしてたんだけど、おさまりが悪くてな……最終的にTPK事件に落ち着いた。今では笑い話にすぎねえがな。あの暴言男は今頃なにしてんのかねえ」

『……さぁな』


 言えない……あの後、雪菜から「掃除はしておきました」という報告を受けたなんて誰にも言えない。確実にわかっていることはアナザーワールドに彼はもういないということだけだ。


『……』

「あーなんだ、こんな話をしといてなんだが……こいつのことを怖がらないでやってくれ、嬢ちゃん。事件の影響か、こいつはすっかりソロプレイヤーになっちまってよ。あんたみたいな友人を連れてゲームをしているのは珍しいんだ。根はいいやつだからさ、シスコンだけど」


 本人の前で言わないでくれ。あとシスコンは関係ないだろう。

 それにその娘は、


『怖くはありません。わたしも、もし御父様の悪口を聞いてしまったら……』


 ファザコンだ。

 大好きな家族がけなされたら黙ってなどいられ――


『戦争です』


 なんか規模違う。

 

『……』

「……」


 言い知れぬ迫力に気圧され、俺と<シェフ>がごくりと固唾を呑む。

 愛くるしい着ぐるみ――しかもアナザーワールドのマスコット姿で「戦争だ」なんて言うからコミカルにシリアスが混じりあい恐怖すら感じる。それほどまでにすごみが利いていた。


「おい、シスコン」


 焦るように近づいて来た<シェフ>が耳元で囁く。


「この嬢ちゃん、さっき『御父様』って言わなかったか? もしかしてF・こんこんって名前……」

『ご想像にお任せする』


 俺がはっきりと口にできたのはそれだけだった。

 その後、焦ったように『あ、もちろんゲームの中で、ですよ? 現実で戦争なんていけないことです!』と彼女は力説していたが、どっちにしろ戦争はするんだね――と返す勇気は俺たちにはなかった。

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