第12話 疑念

「ふわぁ~っ……」

「にいやん欠伸すごいねー。ゲームのやり過ぎ?」

「まぁな~少し熱中し過ぎた」


 翌日の朝。

 寮にある巨大レストランフロア(学食)で俺は妹の雫と予定通り朝食をとっていた。和食の気分だった俺はご飯に味噌汁に焼き魚、つくだ煮におしんこをチョイス。雫も量は少なめだが俺と同じものを選んでいた。


「フレンドとすっかり意気投合しちゃってなぁー……つっても2時ぐらいにはさすがに終わったけど」

「十分遅いじゃないですか。ちなみにどんなことしたの? 兄貴」

「なんだ? やっぱり興味があるのか?」

「そうじゃないけど、気になるじゃん」


 あん? なんだそれ? 矛盾してるぞ。

 ――とは思ったものの指摘するほどのことでもない。「んー」と首は傾げつつ、昨日のことを思い出す。


「――あ~……お喋りしかしてないな、そういえば」

「女子の長電話かよ。え? ホントに? ゲーム内で喋っただけ?」

「ああ」

「えー? それはアレですか、にぃに。ボスに挑むための作戦会議とかそういうアレですか?」

「いや、まったく。お互いの好きなものについて語り合っただけ」

「お見合いかよ」


 いいツッコミだ。雪菜が求めていた逸材が目の前にいたが……雫の前であんな会話をするわけにもいかない。雫が自主的にアナザーワールドをやろうとしない限り、俺はノータッチ。そう決めた。 


「――って、待って。お兄ちゃん。友達って……男、だよね?」

「いや、女の子だけど」

「……誰?」

「どうした急に真面目な顔して」

「誰だよぅ! あたしより大事な女って誰のことだよぅ! さっさと白状しろよぉ~!」

「ごっこの続きか? それはそうと大きい声を出してると目立つぞ」

「ぁ――」


 バイキングは賑わっており、雫が少し大きな声で喋ったところで注目されるわけではない。

 しかし、さすがに気恥ずかしいと感じたのか、俺が指摘した次の瞬間には縮こまってしまった。


(雫に彼女のことを教えても問題はない……よな?)


 銀狐改めこんちゃんには、俺が<寡黙な刃チャンピオン>であることは秘密にしておいてくれと念を押している。知っているのは君と雪菜(の中の人)だけだ、とも話した。

 もし彼女と雫が出くわしたとしてもバレる心配はない。そう確信できるくらいには人柄を把握しているし、信用もしている。


「ちょっと前にアーティファクトを買おうとしてたお姉さんがいただろ?」

「え、う、うん。とびっきりの美人さん。……は? え、まさか兄さん――」

「察しがいいな、そのまさかだ。実はその後、偶然――」

「すけこまし!」

「なんでだよ」

「うっわ、あたしを隣にはべらしておきながら、いつの間に連絡先なんて交換したの? 手口が巧妙過ぎて気付かなかったわー……こっわー」

「妹よ、何か勘違いしてません? お前がいた時とは別の日に再会したんだよ。その時に改めて友達になったんだ。それと侍らすとか言うな。お前が人見知りで大人しくしてただけだろ」


 俺がそう弁明すると雫は「そうだけどさー」とぼやき、面白くなさそうに食事を続けた。

 はっは~ん、これはアレだな。


「やきもちか」

「は? ちげーし、そんなんじゃねーし。お兄様のー自意識過剰ぉー」

「おいおい、ブラコンかよ~」

「だからちげーし、ブラコンじゃねーし」

「お可愛いこと~」

「もおおお~!」


 いつものお返しとばかりに妹を揶揄う。

 膨れっ面の雫を眺めながら、たまには立場を逆転させるのもいいな……なんて考えていると、後方から聞き慣れてきた声が俺の耳に届いた。


「朝から兄妹喧嘩? 仲いいにゃ~」

「ん? ニィナか。おはよう」


 振り返るとそこにはクラスメイトのニィナ・バルケルが朝食を乗せたトレーを持って佇んでいた。その隣には彼女の妹らしき少女もいる。雫が「ミィナちゃん」と驚いたように名前を呼んでいるので確定だろう。


「おはようさーん。せっかくだし、隣いいかにゃ?」

「あーちょっと待ってくれ。どうせなら対面で座ろう。雫、俺の隣に」

「うん」


 大人しくなった雫が素直に俺の前の席から隣の席へと移動する。おそらくニィナとは初対面だから緊張しているのだろう。相変わらず人見知りだな~とは思ったが、移動した際にちろっと挨拶はしていたので問題はないだろう。

 俺の前にはニィナが座り、その隣に彼女の妹が座る。


「聞いてたにゃー周藤くん」

「何を?」

「周藤くんがすけこましのすけべぇスケスケ助太郎って話にゃー」

「ほとんど捏造じゃねーか。変なあだ名もやめなさい」


 にゃははと笑う彼女に俺は改めて雫を紹介することにした。


「会うのは初めてだよな? この借りてきた猫みたいなのが俺の妹の沖名雫」

「ぁ、……初めまして、沖名雫です」

「よろしくにゃ~お兄さんとは今年から同じクラスになったニィナ・バルケルにゃー。同じ猫同士仲良くやろうにゃ~にゃんちって」

「えっと……」


 雫が困っている。ネコの獣人に対してどう返答すればいいのかわからないようだ。


「ここ、笑うとこにゃ。周藤くんのキラーパスのせいでうちが滑ったみたいにゃ」

「俺の所為かよ」

「姉さん。じゃれてないで私のことも早く紹介して」


 業を煮やしたように催促する妹ネコ。

 人懐っこい表情をするニィナと比べて彼女は気難しそうな顔立ちをしていた。口には出さないが姉がマンチカン、妹がロシアンブルーっぽい、というのが第一印象だ。


「と言うわけで、うちの妹のミィナちゃんです」

「ミィナ・バルケルです。よろしくお願いします、お兄さん」

「あぁ、よろしく――って、おにいさん?」

「駄目ですか? 雫からはよくお兄さんの話ばかり聞いていたのでうつっちゃいました」

「わ、ちょ、あ!?」


 隣にいる雫があわあわしている。

 いったい友達にたいしてどんな話をしているのか気になるところだが……今、揶揄うのはやめておこう。いっぱいいっぱいのようだし。


「ん~……ちょっと慣れないというかむず痒いというか、普通に呼んでくれた方がいいかな」

「……そうですか。では、周藤先輩と呼ばせてもらいます」

「いいね、それでいこう。先輩として教えられるはあまりなさそうだけど」

「そんなことはありません。うちの姉、基本おバカさんなんで勉強を教えてくれると助かります」

「ひどょいにゃ」


 なんというか、両極端な姉妹だな。

 のほほんとした姉と凜とした妹。仲はよさそうだが全然似てない。

 しかも、


「ミィナさんは――」

「呼び捨てでお願いします」

「――ミィナは語尾に『にゃ』ってつかないんだ」


 気になっていた。

 姉はいかにも猫の獣人ですと言わんばかりに自己主張の激しい語尾を付けているのに対し、妹は至って普通に会話をしているのだ。気にならない方がおかしい。

 わざとらしく「ギクッ」と声に出す姉を尻目に、妹のミィナは呆れるようにため息を吐いた。


「それはただの姉の癖です」

「え?」

「獣人だからといって動物と同じ鳴き声をするわけではありません。他の獣人の喋り方を聞いていればわかると思いますが……聞いたことありませんか?」


 そういえばそうだったような気がする。

 獣人の知り合いや顔見知りがいないため思い出せない。教員にも獣人はいるが授業中は鳴かないようにしているのかと思っていた。


「ミィナちゃん、うちの兄貴は基本ボッチなのでそのへんでご容赦して頂けるとありがたいです」

「雫さん? マジトーンで許しをこうのやめてもらえます?」

「……ごめんなさい」

「そこ! 傷口が広がるから謝らないで!」


 調子が戻ってきたと思ったらこれだ。

 しかもミィナまで申し訳なさそうに謝っている。乗りがいいのか本気なのか判断が付かない。

 

「全部日本のアニメの所為にゃ……子どもの頃に猫耳を生やした同族が「にゃ~にゃ~」鳴いていたからそういうものだと思って日本語を覚えたにゃ……結果はこのざま……全部アニメが面白いのがいけない……にゃん」


 トラウマスイッチでも入ったのかニィナがぶつぶつと文句を言っている。本気で恨んでいるというよりはあの頃の自分は若かったなぁと後悔するような言い草だった。

 そっとしておこう。


「ちなみに」


 ミィナが姉を横目に<アーチ>を操作し、手元にあるウインドウを回転させ動画を見せてきた。


「獣人の中でも特異な種族であれば、獣に変化へんげしたり鳴き声で会話したりすることができます。例えば……最近話題の――」


 動画には銀色の毛並みが眩しい――こんちゃんに面影が重なる見目麗しい獣人の女性が映っていた。彼女は厳重な警備に囲まれながら大衆に向かって手を振っている。

 ……というか、こんちゃんのアバターがそのまま現実に姿を現しているレベルじゃないか? これ。


「アリアストラの王女殿下の御一人は妖狐と呼ばれる伝説の種族で……聞いてますか? 周藤先輩」

「あーいや、すまん。ちょっと友人のアバターとそっくりだったから吃驚しちゃって」

「アバター? もしかしてゲームですか?」

「あぁ、うん……アナザーワールドってゲームなんだけど」


 俺と同様に驚いたように目を丸くするミィナと、その横で「……へ~」と何やら意味深な表情を浮かべるニィナ。

 ミィナが少しの間逡巡すると、意を決したように俺に顔を向ける。


「……あまり、こういうことは言いたくはないのですが、王女様の姿を模す――というのはあまりに不敬というか控え目に言っても罰当たり……と、私たちアリアストラの住人は思ってしまいます。ゲーム内外でのトラブルを避けるためにもアバターの姿は変更したほうがいいかもしれません」

「あー普通そうなるか……」

「王女様は王位継承権を破棄されていますが、その王配おうはいであられる精霊は英雄として名高い騎士様です。御二人は国民だけではなくアリアストラ中の人々からも慕われ、一部には熱狂的なファンもいますので注意してください」

「わかった。俺も別の理由で変えた方がいい、って話はしていたからそれも踏まえてキャラメイクをやり直した方がいい、って話をまたしてみるよ」

「別の理由……ですか?」

「ああ、実は――」


 ――リアルの顔と似ているから。

 そう言おうとして何かがおかしいことに気が付いた。

 あれ? こんちゃんのアバターの姿が王女様に似ている? だが待てよ? 元々俺はこんちゃんの銀狐アバターを見た時“リアルの姿を銀髪にしただけだ”と、そう感じたんだ。

 それはつまりアバターが似ているんじゃなくて中身の本人が王女様に似ているんじゃないか?


「……」

「どうしたのにぃに。真面目な顔して。恐いだけだよ」


 失礼な。

 事実だろうから否定はしないけど。


「つかぬことをお聞きしますが――」

「にいやん。ミィナちゃんとは釣り合ってないから恋人の有無なんて聞いても無駄――ぃった!」


 横槍を入れる雫にチョップで反撃すると大げさにのけ反っていった。

 まったく、さっきのナンパ男設定を引きずってるな? 出掛けた時に機嫌でもとっておくか。

 それはそれとして、


「王女様に娘さんっている?」

「? はい。騎士様と王女様の間に御一人、姫様がいらっしゃいます」

「見た目はどんな人なんだ?」

「王女様に似て美しい方ですよ。精霊と妖狐のハーフという世界で初めての獣人です」

「あ、そっか……獣人の娘だから獣人に決まっているよな」


 俺は何を勘違いしていたのか。

 こんちゃんのリアルはどう見ても大和撫子という言葉が似合う帰国子女だ。獣人ではない。まさかお姫様とゲームをしていたなんてそんな偶然――


「なに? 兄上、まさか次はお姫様狙いですか?」

「ちげーよ」

「身の程を弁えた方がよろしいのではないでしょうか」

「……」

「おや~? だんまりたぁ図星かな~?」


 俺は無言で片手をあげチョップ体勢に移る。そしてそのまま「おう、やんのかこら」と挑発している雫の頭にポンと手を置きぐりぐりと頭を撫で回した。


「うわぁ~やーめーろー! お出かけのためにセットした髪がっ! あたしの頭髪がっ!」

「仲いいにゃ~ホント」


 必死に俺の手を止めようとする妹と俺のことを眺めながらニィナがしみじみと呟く。隣で聞いていたミィナは「お出かけ?」と首を傾げたが、独り言のようだったので誰も答えなかった。


「……一応、注意しておきますが――「玉の輿だぜ」なんて馬鹿なことは考えないでくださいね」

「ミィナまで……これは俺たち兄妹の冗談だから本気にしなくて大丈夫だ。それに俺は金には――」


 困ってない、が上手く説明できない。それにもっと賞金を手に入れて蓄えておきたいと考えているためいらないわけじゃない。もちろん玉の輿という選択肢は考えたこともなかったし、するつもりもない。


「金には?」


 合いの手を入れてきたのは姉の方だったが、俺は「いや」と否定して話題を戻す。


「とりあえずあれだ。単純な興味。精霊と妖狐のハーフさんなんて神秘的だし」

「それは……そうですね。私は夜みたいで素敵だと思ってます」


 夜? どういう意味だろう……と考えている間に雫が俺の手から逃げてしまった。


「てかさ、にいやん」

「ん?」

「前に一緒に朝食を食べた時に見たじゃん。お姫様」

「……あ」


 そういえば少しだけ姿を見たような気が……でもカメラは遠目だったし、俺もチラ見しかしてない。


「たしか異世界間交流を目的としたブレイブに興味があるってやってたよね」


 アナザーワールドの大会であるブレイブに興味があるお姫様と彼女の母親に似ているアバターを使うこんちゃん……か。

 まさか、ねぇ? 姿は人間だし……いや、でも、なぁ……。


「……」

「兄さん?」


 とりあえず保留。考えても仕方のないことだし、友達のことをあれこれと詮索するのはあまりよくないだろう。俺は「雫」と妹の言葉を遮り、気持ちを切り替えた。


「あい?」

「お前髪の毛ぼっさぼっさだぞ。どうしたんだ?」

「お前が犯人だぁー!」


 今日はどこに出かけよう。

 ぐりぐりと雫に脇腹を抉られながら、俺はそれだけを考えることに集中した。

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