第6話 夏休みに高原のホテルでテニスをします

 夏休みに高原でテニス。そんなの少女漫画の中だけだと思っていた。


 だから、誘われた時、心の中で小躍りした。もう少しで、本当に踊りだしそうになるところを我慢しながら、ニコリと微笑んで快諾した。


「あそこがいつも泊まってるホテルなんです」


 ベンツを運転している葵先輩が、助手席の俺に話しかけてきた。かなりの眠気に襲われていながらも必死に起きていた俺は、必死に目を凝らす。だが、そんな必要はまったくなかった。見えてきた黒いホテルは、誰でも容易に見つけられるほどインパクトが強かった。


「裕二君は、ここのホテル、初めてだよね」


 後部座席から、桜庭先輩が話しかけてくる。軽く返答しようとすると、葵先輩が代わりに回答する。


「当たり前じゃない。裕二は一年生だから」

「勿論、合宿が初めてだってことはわかってるわよ」


 微妙に険悪な雰囲気を出しながらも、葵先輩もミラー越しに見る桜庭先輩も微笑んでいるのが恐ろしい。


「このホテルって、結構高いって聞いたんですけど」


 俺は、雰囲気を和ませるために話題を逸らそうとした。


「心配しないで、安い部屋が取れたから」

「裕二くん、知ってる? ここって、葵の関係会社なの」

「ちょっとー、和葉、私の関係会社なわけ無いでしょ」

「ご両親のだとしても、似たようなものでしょ」


 傍から聞いていれば和やかかもしれない。だが、俺は奇妙な寒気に襲われて逃げ出したくなる。この二人の争いに巻き込まれるのはゴメンだ。


「大変だよね裕二くん、こんなスーパーお嬢様の彼女を持ったら」


 桜庭先輩は、ずっとこのタイミングを狙っていたのだろう。けれども、驚く必要もない。元々、参加するときから予想されていた質問だったからだ。


「スーパーだとちょっと安っぽくないですか? デパートお嬢様ってどうです?」


 俺は上手い返しだと思ったが、車内は何が起こったのか理解できないほどの寒気に襲われていた。

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