第8話 その少女、目を覚ます

「補助電脳再起動、脳波異常なし。安定しています」

 混濁した意識の中、声が聞こえる。

「生命維持装置異常ありません、正常です」

「外部からの電源供給に切り替えろ」

「かしこまりました」

 慌ただしい声がノイズ混じりに響く。

 一瞬、意識が落ちそうなほどに力が抜けるが、接続の感触とともにすぐに戻る。

「各部、信号伝達問題ありません」

「意識、回復します!」

 同時に、光が飛び込んできた。

 真っ白な蛍光灯の光、すぐに目が音を立てながら、入ってくる光量を調整する。

 見渡すと、そこには医師と思しき数人の男と見慣れた顔が二つ。ハウスメイドの有栖と同居するロボット、イリスが顔をのぞき込むように立っていた。

「…………おはよ」

 なんて言ったらいいのかわからない、少し考えた末に出た言葉がそれであった。

 その声に、有栖は彼女の手をがしっと掴み。

「お嬢様……、セリスお嬢様……。よく、ご無事……」

 言葉に詰まりながらの涙声。

 そして有栖は自分の行為に気付いたのか、一度後ろを向き、置いてあった水を飲みほしてから再びセリスの方へと向き直り。

「よくも心配させてくれましたね、お嬢様。一体どこで何をしていたのですか」

「ツンデレかっ!」

 豹変っぷりに思わずツッコミを入れるセリス。だが、有栖は続けて。

「路上でビクビクしながら倒れていたところを搬送とか……、なにをどうしたらそうなるのですか?」

 言われ、セリスはここまでの流れを思い返す。

 喫茶店での襲撃、そこで出会った少女、逃走中の襲撃、そして。

「あのスタンガン野郎、許さないわっ!」

「なにか、大きく課程が飛んでいますね。どうせでしたから脳も直してもらえば良かったですね。せっかく、彩玉最大級の工業病院で正規のサイボーグ医師達の手にかかったのですから」

 怒りに燃えるセリスの言葉、しかし、その意味がよくわかっていない有栖はまるで可哀想な子を見るかのような視線を投げかける。

 そんな有栖の言葉で、セリスは。

「ここ、工業病院なのね……。そうだっ、エリーは?」

「エリー?」

「そう、エリー。小学生ぐらいの女の子。一緒にいたんだけど……」

 その問いに、有栖は医者達の方を向く。しかし、医者達もお互いの顔を見合って、首を横に振る。

「誰も知らないそうです」

「そう……」

 あの状況でいないとなると、やはり連れて行かれてしまったのだろうか、うまく逃げてくれればいいのだけれど、それは無理な注文かな。そう思案する彼女に。

「それはもしかして、お嬢様の見た幻覚か何かでは?」

「なんでさっ!」

「こんな緊急搬送されるぐらいでしたので、きっと記憶も混濁しているのではないでしょうか? なんと言ってもセリスお嬢様ですから、十分可能性があるかと。ねぇ、イリス」

「ハイ、ますたーノ記憶力ハ、あてニナリマセン」

「裏切り者ばっかりじゃないの、ここっ!?」

 叫ぶセリスに、医者の一人が咳払いをする。

 それで病院であることを思い出し、慌てて彼女は口をふさぐ。

「いけませんよお嬢様、病院ではお静かに」

 ニヤニヤとする有栖の顔に、彼女の脳があっという間に暖まる。

 その時、思い出した。

「そう言えば有栖、さっきすごい泣きそうな顔してたよね。私のこと、そんなに心配してくれてたんだ」

 負けじと笑顔をつくり彼女は言う。

 そこに。

「有栖サマ、泣キ喚イテイマシタ」

 中立気味のイリスは、今度は有栖に攻勢をしかける。

 その言葉に、顔を真っ赤にしてうつむく有栖。

「いやー、こんなに心配して貰えるとか、やっぱり有栖はうちの大事なメイドだよ」

 チャンスと見るやいなや、セリスは一気にたたみかける。

 機械製の顔ながら巧みに意地悪気味な笑みをうかべた、次の瞬間だった。

「忘れてしまえー!」

「えっ!?」

 悲鳴のような声、同時にセリスに刺さっていたケーブル掴んだ有栖は、勢いのままそれを一気に引き抜いた。

「あ……、エネルギーが……視界も暗く……」

「ちょ、ちょっと電源ケーブル抜かないでください!」

「これくらい思い知らした方がいいんですっ!」

 外部からの電源供給を絶たれた彼女は、医者と有栖の喧噪を聞きながら、充電切れを起こした時のように視界がブラックアウトしていくのであった。

 最後に目に映ったのは、無表情に自分の顔を覗き込むイリスの顔。

「かめらあいノ電源消失。えねるぎー切レデス」


「なんで電源が外付けになっているの……」

 再び目覚めたセリスがまず口にしたのは、愚痴であった。

 電化製品の止め方がわからず、いきなりコンセントを引き抜くという電化製品不慣れな人間にありがちなことを、自らの身で体験した彼女は言わずにはいられなかった。

「それはですね……」

「いいわいいわ、知ってるから」

 説明しようとする医師を制止するセリス。

 サイボーグである彼女は理由を知っているのだ。生身の身体から機械の身体に改造された際、パニックを起こして暴れるという事例が続発して以来、電源を外部供給にしてケーブルの範囲のみに行動範囲を制限するとによって、もしもの際の被害を最小限に食い止めるということを。

 自分も最初に改造された時は、と思い出しつつ上半身を起こして自分の身体に目をやる、そこで彼女は初めて気付いた。

 自分の身体が、一糸まとわぬ裸だということを。

「……っ!」

 思わずベッドのシーツで身体を隠そうとするセリス。

 これまではブレザーを着ていたせいか目立つということはなかったが、裸になるとそれは生身からだいぶ離れているということが見て取れる。

 首から下の身体には、いたるところに機械とわかるような継ぎ目が入っており、その肌も顔と同じ色をしているものの機械的な光沢が目立つ。そして、間接部にいたっては鈍色に光る機械の間接がむき出しになっていた。

 下腹部には、型番を示す数字とバーコード。

 彼女は、そこを中心にシーツで身体を覆っていた。

「恥ずかしいんですか、お嬢様」

 そこに、先ほどケーブルを抜いた張本人、有栖が声をかける。

「恥ずかしいに決まってるじゃないっ!」

「機械ナノニ」

 反論するセリスに、イリスがぼそり。

「脳はそのまんまよっ! 恥ずかしいって気持ちぐらい残ってるわよっ!」

 二人に対して怒鳴り、そしてそのまま端に立つ医師達にも目を向ける。

 それと同時に目を背ける医師達。

「見たのね……」

 返事はなかった。

 一瞬医師達はお互いに顔を見合うが、何も喋らずに目を下に向ける。

 その光景に彼女はため息一つ、アンニュイな表情を見せ。

「まぁ、しょうがないわ、さすがに見ないと修理も出来ないものね。……イリス」

「ハイ」

「今何時?」

「ハイ 4月13日 午前11時38分30秒デス イマ36秒ニナリマシタ」

「そう……13日の……じゅうさんにちぃっ!?」

 アンニュイな表情が一気に崩れた。

「今日の21時じゃないのよ、引き渡し時間っ!」

「引き渡しとは?」

「エリーをターミナルに連れて行くのよ! そこで身代金ガッポリ計画がっ! エリーもいないし、ああもうっ!」

 有栖に答え、焦りの声とともにセリスは長い銀髪をかきむしる。

 そして彼女はその態勢のまま、しばらく考え。

「こうなったら、もうやるしかないわね……イリス!」

「ハイ」

「うちに戻って替えの服を、あと私の部屋にあるクローゼットの隣に置いてある黒い長い箱の中身を持ってきてっ!」

「カシコマリマシタ」

 セリスに言われ、イリスは命令を実行すべく部屋を出て行く。

 その姿を見送った有栖は。

「このお嬢様、一体何をする気なのでしょうか……」

 目を背ける医師達を前に、ボソリと呟く。

 そんな彼女の主人は。

「もう、後には引かないわよっ!」

 力の入った言葉とともに、セリスはベッドの上で拳を握りしめるのであった。

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