第四十一話 継承


 真夏の強烈な陽差しは剣武台を陽炎のなかにつつみこみ、ゆらゆらと蜃気楼のごとく揺らめかせている。

 いま――

 万雷の拍手喝采に送られ、大地と松浪が台上にのぼった。


「松浪さあ、おらとの約束、覚えているだか?」


 大地が珍しくこちらから対戦相手に声をかけた。


「無論だ。わたしに勝てば、あのときの真相を話す。二言はない」


 抑揚を欠いた声で松浪はいった。


「私語は慎むように」


 行司の注意で二人とも唇を引き結ぶ。

 作法通り安国殿に一礼、そして互いに黙礼して相正眼に構える。


「一本勝負、はじめッ!」


 ついに天下無双、剣客番付の第一席を決める闘いがはじまった。

 水を打ったかのように観衆が静まりかえり息を呑む。

 大地は重心を後ろ足にかけ、松浪の初太刀を待った。

 松浪は仕掛けてこない。

 どっしりとした構えのまま汐合が満ちるのをじっと待っている。


(一馬に似てるだべな)


 と、ふと思う。

 構え方そのものは流派が違うので微妙に異なるが、対峙した雰囲気が似ている。なにかを背負っているものの気構えを持っている。


(あのときと同じだべ)


 十年前、一馬にケンカをふっかけた悪童だったころ、大地はどっしり構えた彼に隙を見いだせなかった。

 闇雲につっかかっていき、こてんぱんにのされた。

 その悔しい思いが大地をここまでこさせた。

 いや、それだけだろうか?


 そうではない。

 大地は一馬がうらやましかったのだ。

 あのときの一馬の後ろには父親がいた。

 父親の期待を背負っていた。

 自分は捨て子だ。

 だれの、なんの期待もされない野良犬に過ぎない。


 おのれもなにかを託され受け継ぐに足る人間になりたかったのだ。

 松浪剣之介は若槻一馬と同類だ。

 だから負けは許されない。

 その覚悟が一塊ひとかたまりの気となって押し寄せてくる。

 ついに松浪が動いた。



   第四十二話につづく


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