第二十話 業力


 大地の風起こしのからくりとはこうだ。

 右の前足をどん、と音をたてて踏み鳴らすことによって、足元に小さな空気の揺れを起こす。

 抜刀の一閃はその揺れをさらに増幅して旋風と化す扇ぎの業だ。

 いわば前足の踏み出しは着火作業であり、それを「種火」と虎之介は表現したのである。


「炎も風も同じや。扇ぎ方ひとつで大火にも竜巻にも化けよる」


「だけど、なんで大地さんは足をあげたままなんで?」


 辰蔵は大地が幻術にかかっていることはわからない。だが、虎之介は薄々勘づいていた。彼は京の辻で幻術師の手妻てづまを見たことがある。




 淡い光を発する妖しの糸が大地の足首をつかんで離さない。

 片足立ちになったまま、大地の体はずるずると暮葉の待ち構える木刀の先へ手繰り寄せられてゆく。


 暮葉が木刀の柄から片手を離した。

 左手を開いて大地に向ける。


「ぐッ!」


 大地の手が首が胴が、暮葉の左手の指先から伸びた糸によって絡め取られ縛りあげられてゆく。


(い…息ができねえだ!)




「一体、なにをやってんだ?」


「おいっ、にらみあってばかりいねえで、さっさと打ち合えッ!」


 観客からヤジがとぶ。

 そのヤジのなかに暮葉の父親・葛城守嗣かつらぎ・もりつぐはいた。

 いつもの神主の衣装ではない。陶工のような作務衣姿で、娘の闘いを一般の客に混じって観戦している。


業力ごうりきつかったか……)


 頬に冷たい滴を感じて守嗣は空を見あげた。

 垂れ込めた暗雲に閃光がはしっている。


(やめよ暮葉。それ以上、そのチカラを遣うと……)


 雷鳴が轟く。

 天が怒っているかのようだ。


「もどってこれなくなるぞ!」


 思わず声にだして守嗣は叫んでいた。



   第二十一話につづく


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