第十六話 番狂わせ


「おおーっ!!」


 観客がいっせいにどよめいた。会場全体が大波のように揺れて波打つ。


「なにィィィィィ!!」


 諏訪大三郎の目が飛び出んばかりに見開かれた。

 虎之介の木刀が諏訪の右の足元から振り出された木刀を見事に受け止めていた。




「ど、どうして? ヤマカンが当たった?!」


 辰蔵が信じられぬものをみたかのように口をあんぐりとあけている。


「ヤマカンじゃねえべさ」


 大地が断言した。


「虎縞のあんちゃんは気づいたべ。ちゃんと見てればだれでもわかるっぺよ」


「見るって、なにをでやんすか?」


 辰蔵が鈍い表情でこたえを求める。

 大地が空を指していった。


「影だべ」




 西に傾きはじめた太陽が諏訪の影を細長い棒のように伸ばしている。

 虎之介は諏訪の影を見た。背中に隠した剣先が右に動くのを目の端で捉えたのだ。


「貴様!」


 虎之介の長い木刀がまるでヘビのようにからみつき、諏訪の木刀を巻きあげてはじいた。

 それは手元から離れて天空高く舞いあがる。

 あとは所定の動作だ。振りあげた木刀を打ち下ろす。

 虎縞の木刀は無防備となった諏訪の額の一寸上でピタと止まった。


「一本勝負あり! 白の勝ち!」


 行司が白のタスキをかけた虎之介の勝ちを宣した。

 再び場内が沸騰する。

 番狂わせが起こった。

 虎之介が虎縞の木刀を高くかかげ、喜びを全身であらわしている。


「スゲーや、虎の旦那!」


 先ほどまで敗北を決めつけていた辰蔵が、けろりと忘れて惜しみない拍手を送っている。

 これで虎之介は諏訪の所持する第二席の座を奪い、準決勝に進出した。

 上方からやってきた無名の剣士が、一躍、花形選手として江戸剣壇の注目株となったのである。



   第十七話につづく


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