こんなの絶対おいしいよ
「だから絶対怒るって言ったじゃん」
良介と晴香、そして誠也の寝室でのこと。昼間の出来事を話し、晴香に軽く呆れられている最中だ。
「あんなに怒るとは思わなかったんだけどなあ……」
遂には弁護士使っての三行半まで匂わされてしまうとは、良介は正直思っていなかった。天井を見上げる。晴香に涙目を悟られないようにするためである。
「悪乗りしすぎたね。まあ、離婚の件は冗談だとして、今からもうストーリーと設定は修正できないの?」
「発注からまだそんなに日にち経ってないから、もしかしたら止められるかもしれない。無理言ってる上に更に無理を重ねることもできるかもしれない」
けど、けどと誠也は連呼した。
「あの話が面白くないわけがない! さっきも言ったけど、老人バンドのサクセスストーリーを描いたところで、誰も喜ばないに決まってる」
「まあ、それはそうね。眼の前でお年寄りの自慢話されてるようなもんだし、しかもスピーカーで」
その様子を想像したのか、晴香はため息をついて誠也の肩を叩く。
「けど元ネタの身にもなれば?」
「断る。なぜならば、おれは指南役。言うなればプロデューサー。プロデュースする側の意見が右往左往したら、ろくなことにならない。感情を振り切って駒として見るからこそ、面白いものができるのだ。もしおれが今のお義父さんの立場にあったとしたら、これは面白い、やるな若造と呟いてあごひげをしごいているはずだ、多分」
良介はバンドのメンバーが誰もいない所で頑なな決意を表明した。無意味の極みである。晴香からしてみれば、プロデューサーが落ち込んだり強気になったりするのはは右往左往に入らないのかという程度の、乾いた感想しか出てこない。
「で、最初の曲が『煙の中で逢った、ような……』。これはもう練習していて、いつでも演奏できると。次の曲が『もう警察も怖くない』。これは今日から練習しだした、と。いちいちタイトルが引っかかるんだけど、次の曲は?」
「『こんなの絶対おいしいよ』っていう早めのテンポの曲」
晴香は首をひねって、当然の質問をした。
「何が美味しいの?」
「毒竜の死骸から生えた魔法の草。まりの肩に乗ったちびキャラ、
「うん」
「で、
間もなく23時になる。場違いな晴香の高笑いが寝室に流れた。
「なんていうか、なし崩し的にっていうか。大型スクリーンで再現、じゃなかった映し出される映像の、そこが最初のポイント、名場面といってもいい。とりあえず草をかじった後は、目を寄り目にして、吹き出しでオホホって再現、じゃなかった入れといてくださいって依頼はかけた」
「……念の為に、一応、訊くけど、フィクションだよね?」
「当たり前じゃないか」
憤慨しているような表情をこしらえつつ、良介は小声で反論する。
「フィクションだよ。全部。全部作り物で、もしこれが本当だったら、あのガレージの中では老人たちが大麻入りのクッキーかじってガンギマリの状態で日曜の午前中を過ごしていることになる。それどころかキッスは日がな大麻入りのチョコレートを食べて暮らしていることになってしまうし、ドラゴンとおれがキッスの家に行った時はみんながキンキンにキマった状態でバンドの話をしたことに」
「わかった、わかった」
良介の早口を笑いながら遮った晴香は、明かりを消しながら言った。
「けど、今更ながらタイトルがすごいよね。『
良介はほくそ笑みをこぼし、
「まあ、残念ながら本当のことなんだけど」
晴香に聴こえないような小さい声で返答した。
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