6月16日 4

「何がめんどくさいのですか」


 老人ホームズのドラム本条“ハッピー”幸雄が、良介を問い詰めている。いや、そこにいるのは長髪のかつらをかぶったハッピーではなく、禿げ上がった頭をこれ見よがしに晒している、新興宗教ゴールデンハッピー教の教祖ハッピー幸雄ゴールデンだ。普段はサングラスで隠れている目が、底光りしている。


「何かあったのですか」

「何もありません。何一つありませんよ。病院に来たのも健康診断の為だし、そろそろ昼食の用意をしなくては。お水飲まなきゃ。ああ忙しい忙しい」


 忙しい忙しいとつぶやきながら良枝は小次郎の病室とは逆の方へ去っていった。その背を見送る良介の目に焦りが宿る。先程、老人ホームズのドラマーと新興宗教の教祖が同一人物であると理解した時、勢い余ってかなりの悪口を言った気がする。聴かれてなければ良いのだが。


「死化粧だ妖怪だ糖尿病だと言うマッスオの罵詈雑言に振り向いてみれば、KOZYの奥さんもいらっしゃる。何もないわけがないでしょう」


 ばっちり聴かれていた。口の中が苦い。それでも唇を舌で舐め「ただの家族水入らずの健康診断アトラクションです」と言おうとしたところ、


「良介、お父さんが呼んでる。これからのことを相談したいって。あら、本条さん」


 と晴香が近寄ってきた。


「こんにちは。もう本条さんに伝えてたのね。脳梗」

「えっ。KOZYが脳梗塞」


 良介が「なんでもありません」と遮ろうとする前にハッピーは話に喰らい付いていた。


「なんで私に知らせなかったんですか」

「めんどくせーからです。本人もそうだと思います」


 この耳ざといジジイが、と思いつつ正直に答える。もうすでに面倒な状況になっているが、ここは踏ん張りどころであった。ハッピー幸雄ゴールデンが信者を引き連れ病室に行く素振りでも見せようものなら、待合室の長椅子を振り回してでも止めなければならない。そもそもこの教団がどういう教えを説いているのか興味はないが、病院に多人数で押し寄せるような連中を通すつもりはない。

 良介はハッピーの後ろに控えた信者たちを見据え、早口で伝えた。


「病室を探そうとしないでください。信者だかなんだかを引き連れて病院に来るような非常識で迷惑極まりないバカを通すつもりはありません。お義父さんの容態が良くなるまで、ご自宅で念仏でも唱えておけばいいんじゃねえの」


 信者の一人が答える。


「我々は釈迦の教えには従わない」

「アーメンでもなんでもいい。帰ればいい。そもそも何しに来てる。勧誘か」

「ハッピーハッピー、ゴールデンハッピー! 世界人類チャンス目前!」


 何の前ぶりもなく、ハッピー幸雄ゴールデンは機敏な動作で両手を広げて目を剥き、大声を上げた。後ろの信者も唱和する。


「これが我々のスタイリッシュな祈」

「知らねえよ。あとな、静かにしろ。ここは病院だ」


 遂には乱暴な口調がむき出しになった良介だが、ハッピー幸雄ゴールデンも信者も意に介さない。不気味な唱和は続く。


「ハッピーハッピー、ゴールデンハッピー! スターマンカムヒア!」

「スターマンカムヒア!」


 威嚇のつもりか。もういいや、こいつら片っ端から殴ろう。怪我しても病院だからちょうどいい。治ったらまた殴る。怒りを通り越して無表情になった良介が拳を握って教団に近づいた時。


「ちょっと待て、良介」


 老人ホームズのベース、真田“ドラゴン”隆が後ろから良介の肩を抑え、教団に吠えた。


「ナースセンターに通報した。巣に帰りくさりやがらねえなら警察呼ぶぞ。そもそも布教活動してえんなら病院に話を通しておけ」


 通らねえだろうがよ、とドラゴンは吐き捨てる。

 まだなにか言いたげな様子のハッピー幸雄ゴールデンは、ダメ押しの一撃を放たんと両手を広げて目を剥いたが


「ハッ」

「なんですかあなたたちは」


 やってきた看護師達とガードマンに連行されつつも、時折「ハッ」「ゴールデ」などと大きな声を上げながら退散した。

 礼を言う良介に、ドラゴンはもっともな疑問を口にした。


「KOZYが脳梗塞で入院したって良介の嫁さんから連絡もらって、なんでこうなってんだ? あいつは生きてるのか?」

「はい、割と大丈夫な感じですが……。なんですが、ハッピーには伝えるなって言われてました」

「そうだよな。練習の時は何も無かったから放置してたけど、こういう時に……」


 病室までの廊下をゆっくり歩きながらドラゴンは説明した。


「あいつら今流行りの新興宗教でな、今みたいに病院に入って勝手に“お見舞い”して、良くなったら教団のおかげって手段で信者を増やしてるんだわ。なかなか、なかなかだぜ」

「確かになかなかですね。うん、かなりなかなかです」


 廊下から駐車場を見下ろせる窓の外に、両手を広げて何かを喚いている黒尽くめの集団が見える。


「……あれが流行ってるんですか」

「ああ。あれも“お見舞い”の一環らしい」

「詳しいですね」

「最近悪い話題になってるからな。昼のワイドショーで」


 そんな教団の教祖をバンドに入れておいていいのだろうか。色々問題は山積みだが、まずはドラゴンと小次郎が何を話し合うかだろう。

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