A Hard Day's Night

 ある平日の夜、大西家の食卓を囲む家族がいた。

 小次郎と妻の良枝、娘夫婦の晴香に良介、そしてその子供の誠也である。無邪気にニコニコと笑う誠也以外は、皆難しい顔をしている。


「お義父さん、コード鳴らしすぎです」

「アーバンなカッティングなんじゃが」

「おじいちゃんあーばんかっこいい!」

「そうじゃろそうじゃろ」

「フォークギターじゃないんですから。もっと指板全体を使うつもりで」

「どこのフレットがDとか分からなくなる恐れがあるでな」

「ていうかあなたうるさい。良介さんはまだ食事もしていないのよ」


 先に食事を終えた小次郎が、エレキギターを抱えてブーメランのごとく再び食卓に着席。ギターを教わるため、仕事から帰ってくる良介を待っていたのである。その様子は獲物の通り道にくくり罠をしかけた漁師にも似ていた。


 老人たちのロックバンド「15LIFE」が結成された当初の計画によれば、良介の役割は週に一回ガレージでの練習を見ることだった。

 あくまでも比喩的な意味ではあるが、ゆっくりじっくりと真綿で首を締めるような優しさで向き合い、これもまたあくまで例えとしか言いようがないが老人たちの寿命が尽きるまでダメ出しをし続け、これもまた当然のことながら奥ゆかしい婉曲な暗喩としか言い表しようのない表現であるが、“ライブ”そのものを諦めてもらうつもりだった。


 基本的に実績がないバンドは週末のライブハウスを押さえることができない。ライブハウス側は多くの観客を呼べるバンドを望んでいるので、週末は人気と実績のあるバンドが優先されるのだ。


 となると15LIFEは平日の夜に演奏するわけだが、いくつか問題が生じる。

 一つは対バンでトリ演奏になった時。つまり、いくつかのバンドで共催したライブの最後の出番になってしまった時。老人たちの集中力が出番まで持つわけがない。待っている途中で眠ってしまうかもしれない。眠るだけなら良いが、目覚めない可能性も全くないわけではない。


 そしてまた、良介からしてみれば義父のライブの為に有給を使う気にはなれなかったのである。

 なぜならば有給休暇申請書の理由の欄に


「義父のライブ(演奏)のため」


 などと書こうものなら、もう。そんな理由書こうものなら、もう。もれなく左遷候補の最右翼に躍り出ることだろう。

 良介は心の中で頭を強く振る。


 そういった理由から、良介は決して小次郎のバンド活動、しいてはライブ開催に前向きではない。

 それでも指導を続ける建前としては「お義父さんの生きがいの為のお手伝いです」。

 本音はもちろん「弁護士に相談する前に遺書の内容を確認させていただいても?」である。週に一回の練習を見るだけで状況は有利になる。そう考えれば何の苦労でもない。

しかしそれだけしか考えないのは自分でもいやらしく浅ましいと自覚している。バンド活動には前向きではないが、せめて少しずつでも上達してもらえれば、一人で楽しくやるようになるだろうという気持ちもどこかにある。わかりやすく言うと「巣立ってください」である。


 ところがどうしたことか、いつの間にか良介の帰宅が小次郎の練習開始の合図となっている。おかげでここ最近、心が休まる時間がない。食事中でさえもすぐ隣で義父がギターを掻き鳴らしているのだ。どうやら良介の心の美しく見える上澄みだけを汲み取って、小次郎はこういった行動に出ていると思われる。


 食卓を囲みギターを教える。何も知らない他人が見れば実に微笑ましい団らんの風景ではある。

 しかしその実情は内心のドロドロを笑顔や建前で隠している、典型的な三世代同居型の団らんの風景であった。

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