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「敵艦隊、頭上を通過します」


 この海域に網を張って一週間。ようやく獲物が掛かった。南インド洋の西半分を警戒していた艦を九隻全て呼び出したのだ。しっかりと罠のど真ん中に来てもらわないと困る。

 集めた九隻は三隻ずつの艦隊に分けて配置している。

 ここに旗艦U-2501を含む第一艦隊、三〇キロメートル北にU-2502をはじめとするUボートXXI型三隻からなる第二艦隊、最後に第一艦隊と第二艦隊の中間地点から西に十五キロメートルの地点にU-1301を基幹とした第三艦隊。U-2510は第一艦隊に加わる予定である。


「2510が合流しました」


 敵艦隊が通過してから遅れること二十分。U-2510がU-2501と、同じく第一艦隊を構成するU-1308の間に入る。

 ちょうど目的の艦隊がしっかりと罠に掛かったところだ。


「例の艦隊は?」


「本艦の西約三〇キロ。依然こちらに向けて航行中」


 U-2501の報告を聞いて、壱成は情報を海図に書き込む。

 これを数秒間眺めている壱成の口角が上がるのをU-2501ははっきりと見た。


「ならば良し。作戦開始」


「Ja。作戦、開始です」





「もうすぐモーリシャス島沖ですか」


「はい、現在はこのあたりです」


 シャルンホルストは海図の上を指す。そこは南緯二〇度東経六〇度。マダガスカル島からおよそ一〇〇〇キロメートル東に位置する。

 針路を変えながら移動すること一週間。他の艦隊と遭遇することはなかった。

 先の戦闘で前部砲撃指揮所が破壊され、前部主砲塔が使用不能になっていたブリュッシャーは応急処置を施し、再び前部主砲塔を使えるようにした。しかし、相変わらず前部砲撃指揮所は使えず、標準は主砲塔の測距儀が行うことになっている。本格的な修理を行うには港に入る必要がある。


「やっぱり母港を持っていた方が良かったですね」


「何を今さら……今から確保しに行きますか?」


「どこにあるかもわからないのにですか? まあ、探してみるのもいいでしょう」


「適当ですね」


 一応次の方針は決まった。損傷した艦は一隻だけであるが、修理できる拠点を持つことは悪いことではない。


「!? 航跡確認! 魚雷です! 左八〇度! 距離二三〇〇」


「数はッ?」


Eins一つ!」


「最大戦速! 取舵一杯!」


 体が右に引っ張られる。視界は右に流れる。


「各艦の間隔を広げて! 対潜警戒!」


 魚雷が一本だけ来たのなら潜水艦の可能性が高い。水上艦からの雷撃では、低い命中率を補うために複数本まとめて発射する。加えて射程距離が短いため、発射前に敵艦を視認できる。執念でスペックが高すぎる上に管理が面倒臭いものをつくり出した国のものを除いて。


「前方に艦隊確認! 数五! 距離三〇〇〇〇!」


 報告を受け、すぐに手元の双眼鏡で自らも確認する。

 水面から生えている十本のマストと十五本の煙突。そして小さい。先頭が軽巡クラス、それに続く四隻は駆逐艦だろう。


「これなら殲滅可能です。敵艦隊の進路を塞いで。左砲戦用意。二〇〇〇〇メートルで始めます」


「Ja。取舵二〇。一分後に面舵を取ります。左砲戦」





 ドワーチ帝国海軍中将マルクト・レドヴィッツは針路を塞ぐ艦隊を睨む。双眼鏡を握る両手は小刻みにカタカタと震えている。

 その原因は前方の艦隊だ。どの艦も大きい。ほとんどの艦がこの新鋭戦艦シュヴァイクより大きいではないか。

 シュヴァイク級戦艦は新設計の40口径28cm連装砲を二基と40口径17cm単装速射砲を十四基搭載しており、全長は前級よりも四メートル延びて一三〇メートル、排水量も三〇〇〇トンほど増加して一五〇〇〇トン。正に帝国海軍最大最強の戦艦である。

 最新鋭艦ということで、今回の外洋航海任務で艦隊司令として乗艦したときには胸を躍らせたものだった。艦長以下八百名の乗員全員の表情もそんなものであった。

 そんな新鋭艦がどうだ。あれらに比べたら後ろに続く随伴艦の程度ではないか。どこだ。どこの国がこんな戦艦群を作ったのだ。

 隣国の共和国か。海峡の先の連合王国か。東の連邦か。大西洋の向こうの合州国か。はたまた東の果ての皇国か。しかし、艦尾に掲げられた軍艦旗はどこの列強諸国のものにも該当しない。

 赤地に左に寄った黒十字、そして十字の交点に鉤十字。

 唯一見覚えがあるのは左上の鉄十字だけ。我らが帝国海軍の軍艦旗の中心に描かれているものが、正に鉄十字だ。

 では、まさかこれを我らが帝国が造ったのか。

 レドヴィッツ中将は眼前の艦隊に対して反芻していると、砲身がこちらに向いていることに気付く。


「面舵一杯! 両舷全速! 敵だ!」


 急いで支持を飛ばす。

 咄嗟に口から出た指示は右への回頭。正面の敵艦隊と反航するようになる。互いに逆方向に進むため、最も交戦時間が短い。

 敵艦隊からの閃光。


「敵艦発砲!」


 艦橋に見張員の声が響く。

 十秒ほどで大きな音と共に艦隊の左舷側に水柱が上がる。

 被弾なし。しかし、これで敵は十分に本艦隊を攻撃できるほどの射程を持った砲を持っていることがわかった。夾叉されるのは時間の問題だ。


「何をしている、艦長。こちらも攻撃せんか!」


 撃たれても何もしないシュヴァイク艦長に叱咤する。


「本艦の砲では届きません! 接近しないと無駄弾になりますよ!」


 シュヴァイク級戦艦の40口径28cm連装砲は二四〇キログラムの砲弾を仰角25度で一六〇〇〇メートルまで届かせることができる。副砲の40口径17cm単装速射砲の射程もほとんど変わらない。しかし、命中を期待するには一〇〇〇〇、いや一三〇〇〇メートルまで近づきたい。

 彼我の距離は二〇〇〇〇メートルほど。あと七〇〇〇メートルほど接近しなければならない。

 また、シュヴァイク級戦艦の最大速力は二〇ノット。他国の戦艦も含めて最速である。最大速力であれば逃げ切れるかもしれない。

 即ち、接近して応戦するか、このまま逃げるか。選択肢は二つに一つだ。

 ふと、レドヴィッツ中将は第三の選択肢が頭をよぎる。

 乗員の生命を守るにはそれは最適である。それでも、最新の技術やドワーチ帝国海軍、ドワーチ帝国そのものの栄光その他を守るには最悪だ。

 どれを選ぼうがもうこれ以上の昇進はできないだろう。それならば、どれを選ぼうが未来は変わらない。

 ドワーチ帝国海軍中将マルクト・レドヴィッツは腹を括った。

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