第三章

0-1-5

「しれー、しれー。前原しれー。起きてくださーい」


 鈍色のブレザーを羽織ったU-2501が発令室に隣接されている艦長室――前原壱成の私室を叩いて彼を起こそうとする。しかし、なかなか出てこない。


「2510が多数の推進音を探知しました!」


――ガチャ


――ドチャッ


「何をしている? 2501」


 ドアを開けたら、童女が倒れてきた。U-2501はドアに寄りかかるようにして叩き続けていたので仕方がないことではある。


「2510が、すいしんおんをたんち……」


 U-2501は念のため、もう一度報告をする。

 現在、黒鮫艦隊はインド洋の南側、南緯一五度から三〇度、東経四五度から一〇五度の範囲に一隻ずつ担当の範囲を決めて展開している。U-2510は南緯三〇度東経四五度に配置している。

 U-2510のみが探知したのであれば、音源がどこからなのか簡単に推測できる。おそらく喜望峰沖だろう。

 とりあえず本人から詳細な報告を聞くとしよう。


「2501、2510との回線をつなげ」


「J、Ja」


 U-2501は立ち上がりながら壱成の指示通りU-2510の通信回線を繋げる。起き上がるときに彼の部屋の奥に横たわる全裸の女が目に入ったが気には留めなかった。


『おひさです! しれー!』


「ああ、久しぶりだな2510。早速で悪いが報告の詳細を」


『Ja。わたしの南西約一六〇キロに多数、おそらく十五から二十隻の推進音を探知しました!』


「二十隻? しれーおかしーですよ。一人につき十隻だったはずです」


「そんなもの今になっては当てにならんよ。現に俺たちは十八隻だ」


 艦艇のアバターたちは、彼女らの指揮官からの指示にのみ従う。

 すなわち、その指揮官を騙すなり、脅すなり、篭絡するなりしてこちらに抱き込めば、艦隊の艦艇数を増やすことも可能だ。実際にこの黒鮫艦隊がそうなのだから。


「お前はまだ見つかっていないのだな?」


『はい……それは間違いないです。でも――』


「何だ? はっきり言え」


『J、Ja。私のソナーがおかしくなっていなければ……おそらく戦闘中……だと思います』


「――そういうことか」


 これならやることは一つだ。


「2510、そいつらを針路は?」


『えぇっと――おおよそ〇六〇マルロクマルです』


 その針路なら、彼女らが南に転進しない限り、こちらが展開している海域に入ってくるだろう。考えは決まった。


「2510、別命あるまでそいつらを追尾、監視しろ。三十分ごとに報告。では三十分後に」


『Ja!』


 U-2510との通信が終わる。そして、すぐに壱成から次の指示が飛ぶ。


「艦隊を集める。U-2510を除く東経七五度以西の艦はU-2502の現在位置に集合。移動時に浮上航行しても構わない。やるべく急げ。以上各艦に通達」


「Ja!」


 壱成が選択したのは漁夫の利。例の二つの艦隊の戦闘が終わったところで叩く。たとえ戦闘直後に間に合わなくても、残った艦隊は深手を負っているはずである。それを狙えば、比較的楽に殲滅できるだろう。

 これで九隻のUボートが集う。傷ついた獲物を仕留めるには十分な数だ。


「2501。浮上。機関一杯、両舷全速」


「ふ、ふじょー!? しかも、ぜんそくですか!?」


「換気しながら行く。急ぐぞ」


「Ja。ふじょー、アップトリム一〇。機関いっぱい、両舷ぜんそく」

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