第26話 蘇る亡霊

「君は……」


 サガンの視線の先には、長い黒髪の女性と、それよりは少し若い、栗毛色の髪をした小麦色の肌の少女が、林の中にできた小さな洞の中で抱き合いながら座っていた。


 先ほど、検問で出会った少女である。キサラギ伍長の恋人だと言っていたが、彼女がなぜ捜索対象と一緒にいるのだろうか。


 サガンはライフルを下ろし、下草の生い茂る中をゆっくりと洞に近づいた。


「すまないが、一緒に来てもらえるかな」


 まだそこまで近づいてはいない距離で、そう声を掛ける。すると、栗毛の髪の少女が立ち上がり、しっかりとした視線でサガンを見た。


「この女性をどうするんですか」


 その言葉に込められた警戒心。検問の時もそうだったが、この少女からは、何か一般人とは違う雰囲気を感じる。単に『軍人の恋人』では済まなそうなものだ。


「保護対象だ。大丈夫、傷つけたりはしない」

「本当ですか? サガン大尉」

「ああ、もちろん」


 出来るだけ相手を刺激しないようにと、静かにゆっくりと対応しようとしたサガンだったが、返事をした後で、少女の言葉に強烈な違和感を覚えた。

 いや、違和感どころではない……


「いや、私はサガンという名でも、大尉でもない」


 自分でも、目の前の少女を怪訝な表情で見つめているのが分かる。そのサガンを、彼女は驚くほど鋭い目で、見つめ返していた。


「いえ、あなたはサガン大尉でしょう。ハーディ隊とともに降下し、ハーディ隊を見捨て、自分達だけ逃げたサガン隊の隊長ゲレオ・サガン。そうですよね?」


 彼女の、マリンブルーの瞳。獲物を逃がすまいとする、獣の目だった。


※ ※


「君は一体……なぜそこまで知っているんだ」


 目の前の男の表情が明らかに変わった。狼狽の色が色濃く出ている。


 そもそも、『始末屋』たるディスポーザーたちがユウを探しているということが、ツバキにはどうにも腑に落ちないのだ。

 このままユウを彼らに引き渡せば何か良からぬことが起こる、そんな予感がした。逃げ道を探すために、ツバキはまず目の前の男から揺さぶりを掛ける。


「もちろん、知ってますよ。タミン基地からの救援要請を受けて、一緒に衛星軌道上から降下した仲じゃありませんか。アンノウン迎撃の為に。オレ以外、みんな死んでしまいましたけどね。忘れただなんて、言わせませんよ」

「君のような女性隊員など、ハーディ隊には」


 そこまで言ってサガンは、まるで幽霊でも見るような目で、ツバキを見た。


「キサラギ、伍長、なのか……そんな、馬鹿な」


 もちろん、サガンは信じられないといった表情をしている。それはそうだろう。逆の立場だったなら、ツバキもそうしたはずだ。


「ある事情で姿は変わりましたが、正真正銘、オレはツバキ・キサラギです、サガン大尉。なんなら、あの戦闘の直前に航宙護衛艦の中で行われたブリーフィングの内容、お話ししましょうか? まあ、大した情報も無く、我々ハーディ隊は戦闘区域に放り込まれましたけどね」


 余りにショックだったのだろう。サガンは一歩、また一歩と、後ずさりをする。


「違う……命令だったんだ……我々も、敵がナイトランダーだなんて、知らされてなかった……」


 サガンは責任感と連帯感の強い軍人だった。命令とあらば、どんなものでもそれを冷徹に遂行するだろうが、味方を見殺しにするという命令を唯々諾々と受ける男ではない。

 後で知らされたはずだ。そして今彼は、それに良心の呵責を感じている。


「今は知ってるんですね。誰の命令だったんですか? それも知っていますよね? 教えてくれませんか、サガン大尉。死んでいったハーディ隊長や、モリヤ、イチバガセ、みんなあの世で知りたがってますよ」


 ツバキはわざと、ハーディ隊の名を出した。


「め、命令は」


 その効果なのか、サガンが思わず、ツバキの問いかけに答えそうになる。その時、サガンと共にいた男の内の一人が、鋭い声をあげた。


「答えるな、サガン」


 ベレー帽にジャケット。サングラスの奥に隠された表情は分からないが、サガンとは違い、あまり人間的な部分を感じない。ライフルを構えて、銃口をツバキに向けていた。


「待て、相手は一般人だ」


 サガンがそう制止するが、男はその言葉を気にも留めようとはしていない。


「つべこべ言わず、我々に従え。抵抗するなら、銃の使用も許可されている」

「やめろ」


 更に制止しようとするサガンに、男はとうとうライフルを向けた。つれてもう一人、ジャケットにゴーグル姿の男もサガンに銃口を向ける。


「そいつらを庇うならお前も容赦はしない。それに、機密漏洩は重罪だ」


 こいつらはどうも、サガンとは『毛並み』が違うらしい。男たちの雰囲気から、ツバキはそう感じ取った。


「お前ら……」


 サガンが何かを言い返そうとしたが、そこで黙り込む。と、ツバキの後ろでやり取りをじっと聞いていたユウが、ツバキの横に並んできた。男のうちの一人が、ツバキとユウの方へと銃口を移す。

 それに怯むこともなく、ユウが男たちに向けて声を発した。


「この者は、ナイトランダー、ルース・メガラインのプラヴァシーぞ。それを知ってもなお銃を向けるというは、ナイトランダーからの『報復』を覚悟してのことか」


 その言葉に、ツバキが思わずユウを見る。


「ユウ……」


 しかし、ツバキ以外の者は、ツバキへと視線を向けた。


「本当か? お前、名は何と言った」

「ツバキ・キサラギだ」


 その答えに、ツバキにライフルを向けていた男が、付けていたゴーグルに手を触れた。何やらつぶやいた後、再びライフルを構える。


「いや、ナイトランダー・ルースのプラヴァシーは、そんな名前ではない」


 その返事に、今度はツバキが驚いた。


「そんなはずは。オレは確かにルース・メガラインのプラヴァシーだ」

「いや、登録されている名前は……『コノエ』となっている。男だろう。お前ではない」


 コノエ? どういうことだ?


 それが更にツバキを驚かせた。その名前、どこかで聞いたことが……しかし思い出せない。

 ただ、状況はツバキに混乱させる時間さえ与えてはくれなかった。


 突然響く発砲音。


「動くな」


 ゴーグルの男が、空に向けて一発、発射した。威嚇、というよりも、まるで更に仲間を呼ぶような発砲だ。

 もう一人の男のライフルは、相変わらずサガンに向けられている。


「お前たち」


 サガンが何かを言おうとしたその時、突如ゴーグルの男が声を上げて倒れた。突然の異変に気が付いた男がライフルを後ろへと向ける。その瞬間、サガンが動いた。

 腕を取り、関節を極める。男が抵抗しようとしたところで、今度はツバキがその男の首に取りついた。

 両の腕で頸動脈を絞める。程なく男は、両膝から崩れ落ちた。


 ツバキとサガンが視線を合わせ、そして林の方へとそれを移す。そこに、テーザー銃をサガンに向けている大男の姿があった。

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