第22話 思いがけない再会

 自然保護の為に最小限の数に抑えられている街道――その内の一本、タミン基地へと続く林の中の道を、ツバキはエアバイクで走っていた。カンベの居住区を抜けるとブコ河までは、山地と海に挟まれた森林地帯が細長く伸びている。

 ブコ河に架かっている橋まで五十キロほどの行程であり、一時間くらいでつくはずだ。


 そこで起こったこと――ルースとの戦闘はもちろんなのだが、その後、行われたミサイル攻撃。モーターカヴァリエ『ガルーダ』がそれを打ち落としていなければ、この辺りも決して無事では済まなかったはずだ。

 まるでカンベの居住区を巻き込んでもいいと言わんばかりの攻撃……住民が知らされもしなかったその攻撃を、アイランズ自治政府が行ったとは考えにくい。

 かと言ってエイジアは、立場上、アイランズを保護すべき行政府のはずである。


 ルースはそのことについて聞いてくれたようだが、真相は闇の中だ。ツバキは、ガルーダに乗るナイトランダーに直接会って話をしたいと思った。


「ヤナ・ガルトマーン、か」


 口の中でつぶやき、そしてふと気が付く。


「ヤナ?」


 あのフラッシュバックに出てきた男性。そういえば名前が……


 ツバキはその物思いに気を取られ、街道を塞ぐバリケードに気付くのが一瞬遅れた。慌てて車体を倒しブレーキを握ると、エアバイクが荒々しく止まり、ツバキの身体がシートから放り出されたが、受け身を取ってすぐに立ち上がる。


「女か」という声が聞こえた。声のした方を見ると、ブラスターライフルを持った三人の男たちが、ツバキを見ている。 


――何だ、お前たち。


 ツバキはその言葉を口から出す前に飲み込んだ。

 軍服は着ていない。軍ではないが、揃いのジャケットを着ている。そのジャケットに見覚えがあった。

 シューピン商会……タミン基地の『後始末』をしていたディスポーザーが着ていたものだ。


「おい、お前。ヘルメットを脱いで、顔をよく見せろ」


 三人のうちの一人が、ライフルをツバキに向けると、荒っぽくツバキにそう命令した。


「お前達、警察じゃないだろ。どんな権限で臨検なんてやってるんだ」


 ライダージャケットについた汚れをはたきながら、ツバキはライフルの前に立ち、男にそう噛みつく。


「こ、こいつ」


 ライフルにも怯える様子を見せないツバキに、男は少し驚いたようだ。


「銃を下ろせ。相手は無手だぞ」


 後ろにいた別の男が、ライフルを構えた男を叱咤する。言われた男は、一瞬その男の方を見た後、しぶしぶライフルを下ろした。


「お嬢さん、申し訳ない。我々はアイランズ自治政府からの依頼で人探しをしている。確認のため、ヘルメットを脱いでもらえませんか」


 ライフルを構えていた男を制し、男はそう言いながら一歩前に出る。その男を見た瞬間、ツバキは驚きで息が詰まった。

 目の前の男……四十過ぎの男で、口ひげを蓄えている。かつて衛星軌道上の航宙護衛艦で一緒に暮らし共に訓練もしていたが、ハーディ隊と同時に出撃した後、すぐに交信が途絶えてしまったサガン隊の隊長、ゲレオ・サガンだった。


 ヘルメットが無ければ、ツバキの驚いた顔を見られ、怪しまれただろう。できるだけ平静を装い、ツバキはヘルメットを脱いだ。栗色の髪が音を立てるように零れ落ちる。

 別の男が、カメラのレンズをツバキの顔に向ける。そして、「不一致」と言葉を発した。


「ご協力ありがとう、お嬢さん。どこに行かれるのかな」


 その男、ゲレオ・サガンは少し表情を緩め、ツバキにそう尋ねる。尋問と言う風ではない。ただ世間話のついでにしただけの質問、そんな感じの口調だったが、ツバキの頭の中では様々な思いが駆け巡っていた。


 ……いたのだ。『ツバキ・キサラギ』を知る男が、こんなところに。


 しかし疑問が湧いてくる。軍人だったはずの彼が、なぜ『始末屋』をしている?


「ブコ河まで」

「ブコ河? 何しに?」

「恋人の『遺品』を探しに、です。戦闘があって、行方不明に」


 相手が見ず知らずの男であったなら、ツバキは『なぜそんなことを教えなければならないんだ』とまた噛みついただろう。

 あえての嘘。相手の反応を見る。


「……何て名だ。その、恋人」


 サガンの声のトーンが、低くなった。


「ツバキ・キサラギです」


 ツバキの答えに、サガンが驚いた表情を見せる。少し考えた後、ツバキの腕を取り、道わきの木の陰に引っ張っていった。


「彼に恋人がいたなんて、聞いていなかったな」

「ツバキを知っているんですか?」


 わざとらしい演技……とは思いつつも、このチャンスを逃したくはない。


「ブコ河で戦闘があったことを、誰に聞いた」


 やはり、ではあるが、あの戦闘は秘密にされている。そして彼は、何かを知っているのだ。


「えっと……ある人が、教えてくれました」

「ある人? 誰だ」

「名前は知りません。白い髪をした青年でした」

「ふむ……」


 息を漏らし、彼は少し考えていた。そしてさらに小声で、ツバキに囁いた、


「キサラギ伍長は行方不明だ。捜索隊も出されたんだが、彼だけは見つからなかった。ただ彼が着ていた装甲服が、川べりで見つかってね」

「生きているんですか?」

「いや……その……、装甲服には、腹部に貫通痕があった。あと、大量の血と」

「じゃあ、やっぱり……」

「いや、それが分からないんだ。残されていたのはその装甲服だけだったようでね。脱いだということは、そこからどこかへ行ったはずなんだが……だから死んだとは限らない。お嬢さん、気を落とさずに」


 その話をするサガンの目はとても真剣で、恋人と名乗ったツバキにかなりの同情を寄せているようだった。ツバキは、それに少しの罪悪感を覚えつつも、気になっていたこと――彼がなぜ今ここにいるのか、少し探りを入れてみることにする。


「あの……ツバキのことよく知っているみたいですが、なぜですか?」


 少し上目づかいでそう聞いたツバキに、サガンは少し自嘲気味の表情を向けた。


「私もこの間まで軍にいた」

「この間まで?」


 もう少し話を引き出そうと誘いをかける。少し難しい顔をした後、サガンはツバキの耳元に顔を寄せた。


「彼は、められたんだ」


 思わずハッとした表情をサガンに向ける。


「誰に、ですか」

「軍の上層部。多分、エイジアとつながっている。最初から彼のいた部隊を敵前に孤立させるようにと、命令が下っていた」

「そんな……なぜですか!」


 しっ! そう言ってサガンは口に指をあてた。


「なぜかは私にも分からない。ただ、キサラギ伍長に関係しているのは間違いない。その後、降下作戦に係わったものはみな軍から外され、ディスポーザーに『出向』させられている。私もその一人だ」

「そんな……」

「この話、誰かに話せば君の命が危なくなるかもしれない。くれぐれも内密に」


 道の方で何やら声がする。ディスポーザーたちがまた誰かを臨検目的で止めたのだろう。

 しかしツバキには、そんな騒音は耳に入ってこなくなっていた。


 あの作戦……ハーディ隊が孤立させられたのは、自分のせいなのか?

 なぜ……


 しかし、これまでの話を全て真とするならば、ツバキにもその答えは容易に想像がついた。エイジアの誰か、かなり上層の権力者が、ツバキを迎えに来たルースに、そのツバキを殺させようとした、ということだ。そして、それはほとんど成功していた。ただ、詰めが甘かったゆえ、自分はまだこの大地に足を付けている。


 ナイトランダーとプラヴァシーに関してかなり詳しい者の陰謀だ……


 ふと、疑問に思う。ルースはツバキのことをどうやって知ったのか。ルースはミドルスフィアの外にいたのだ。ということは、ツバキがルースのプラヴァシーであることに気付き、そのことをルースに知らせた人物がいる。そして、そのことを知って、邪魔をしようとした人物もいる、ということだ。


――ハーディ隊長、一つ、真実に近づきました。そして、すみません。部隊の全滅は、俺のせい……


「引き留めてすまなかった。先に進むと良い。今、この辺りから東では捜索が行われている。もしかしたらまた止められるかもしれないから、気を付けて」


 サガンが仲間の許に戻ろうと、ツバキにそう声を掛けた。


「捜索、ですか」

「そうだ」


 そう返事をすると、サガンはツバキに携帯ディスプレイを見せる。


「この女性なんだが、見なかったか?」


 表示された女性の顔を見て、ツバキはまた息が詰まりそうになった。長い黒髪、サファイアンブルーの瞳が不機嫌そうに前を見つめている……


「い、いえ。カンベからここに来るまで、誰にも会わなかったので」

「そうか」

「この女性は誰ですか?」

「探せと言われているだけだ。何者かは、実は私も知らないんだ」


 そう言ってサガンは肩をすくめると、トラックともめ合いをしている仲間の所へと戻っていった。


 ユウ……セレス宙域から離脱して、ミドルスフィアまで来ていた。それはともかくも、ユウがまだ生きているということであり、しかも、この辺りで……捜索? なぜなのだろう。


 サガンの話――ハーディ隊が全滅したのはツバキに対する陰謀の巻き添えを食ったからだという話に、少なからずショックを受けていたツバキだったが、それ以上の驚きがそのショックを忘れさせている。

 ツバキの心にはこれまでとは別のこと、ユウに会いたいという気持ちが強く湧き起こっていたのだった。

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