第19話 ミドルスフィアへ

 所属不明の――ユウの乗った機動兵器を取り逃がしたティシュトリアは、それからセレスの宇宙港に立ち寄った。ルースは宇宙港の責任者に会いに行ったが、ツバキは一人、ティシュトリアに残っている。


 ルースがセレス港の責任者と何を話しに行ったのか、ツバキが知る必要は無いだろうし、知りたいとも思わなかった。それよりも、ルースと一緒にいることがしんどい。

 あの後、ルースはツバキとほとんど言葉を交わさなかった。かなりショックを受けた様子で、目を合わせようともしないのだ。


 今ツバキは、何もする気が起きずベッドに横になっている。


 あの時、ツバキはルースの首を本気で絞めていた。が、もしそれが、ハーディ隊長や隊員たちの仇を取ろうという行為だったなら、多分ルースはツバキのしたいようにさせたに違いない。ツバキにはそんな確信がある。そして自分は、途中でその行為を止め、ルースを抱きしめただろう。


 しかしあの時のツバキは、そうではなかった。ただ、ユウを助けたいと思っていただけなのだ。


 ツバキは、ルースと過ごす中で、『仇』という思いがどんどんと消えていっていることに気が付いてはいた。しかし改めてそれを考えてみると、隊長たちへの思いはこんなものだったのだろうかと、自分はこんなにも薄情な人間だったのかと、自己嫌悪に陥ってしまう。


 果たして自分は、ルースをどう思っているのだろうか。


 憎んでいる?

 ……ノー、だった。

 じゃあ、愛している?


 未だにその答えは出ていないのだ。

 ルースがもし命を失うのならばそれは自分の手で。正体を明かされたときに感じたその思いは、今も変わってはいない。

 しかしその一方で、ルースを愛し、ナイトランダーとともに戦場を舞うプラヴァシーとして、そして女として生きていく……それでもいい。そう思っていた自分が確かにいたのだ。


 ユウに会うまでは。


 ルナーで偶然出会っただけの、ほんのわずかな時間を一緒に過ごしただけのユウ。なのに、彼女が全てをひっくり返してしまった……


 少し、時間が欲しかった。整理する時間が。ハーディ隊のこと、ルースのこと、ユウのこと、そして自分のこと。

 まだ、何も整理できていない。それなのに、ここまで来てしまったのだ。


 ふと、気配を感じて入り口を見る。ルースが、そこに立っていた。


「帰ってたんだな」

「うん」

「なあ、ルース。オレ……」


 ツバキはベッドの上で体を起こし、足を床に下ろす。


地球ミドルスフィアに、帰りたい」


 ルースもツバキを見つめていたが、その顔には表情と言えるものは何もなかった。


「なぜ」

「こんな気持ちのままじゃ、ルースと一緒にはいられない」


 用意しておいた答え。ツバキはそれを迷いなく口にする。


「こんな気持ちって、何」


 しかし、更なる問いかけには、即答できなかった。それが分からないのだから。

 しばらく考えて、ツバキはそのままをルースに伝える。


「自分が、分からないんだ」

「キミはツバキで、ボクのプラヴァシーだ」

「覚えてない。だからそう言われても分からない。やはりオレは、アイランズの軍人、ツバキ・キサラギなんだと思う」


 自分はどんな表情をしてその言葉を言ったのだろう。ツバキがそう思ったのは、ツバキの言葉を聞いたルースがツバキをベッドに押し倒した後だった。


「ツバキはもう軍人じゃない。軍に戻っても、キミが誰なのか、もう誰にも分からないんだよ。キミはもう、女の子なんだ!」

「ルースがそうしたのだろう。でも、オレは男だ」


 ルースが目を見開いた。その瞳に、怒り……いや、これは焦りなのだろう。そんな感情が見える。

 ルースが、ツバキの着ていたネグリジェを肩のところから無理やり引き下ろした。ツバキのあまり発達していない乳房が露わになる。しかしツバキは、それを隠そうともせず、憐れむような瞳をルースに向けた。

 ルースがハッとなって、そして顔を背ける。


「抱きたいなら抱けよ。好きなだけ抱けばいい。でも、お前が欲しいのは、この体なのか? オレの知らない、誰かのこの体なのか?」


 ルースは顔を背けたまま、答えようとはしなかった。


「そんなことしても、オレの心は手に入らないぞ、ルース」


 追い打ちのようなツバキの言葉に、ルースはベッドから降り立つと、コックピットへ向かう通路に通じる扉へと歩き出した。


「ルナーに行くよ。そこから、ミドルスフィア行きのシャトルに乗ると良い」


 その言葉を残しルースが部屋を出ていく。

 ツバキはため息を一つつくと、脱がされたネグリジェを直すこともせずベッドから降り、そしてクローゼットを開けた。


※ ※


 ミドルスフィア行きのシャトルに向かうツバキ。シャツとデニムのパンツ、そして栗色の長い髪を後ろで丸く束ね、それを隠すように大きめのベレー帽を被っていた『彼』のマリンブルーの瞳を、ルースはいつまでもじっと見つめていた。

 ツバキもしばらくルースを見つめていたが、「行ってくる」とだけつぶやき、背を向けてシャトルへと歩き始める。そして、二度と振り向くことは無かった。


―― Call of Crimson『了』――

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