騎士は誇る

「盗み聞きとはいい度胸だ。」


アルナは腰に差した剣を抜いた。しかし、その剣は王妃から授かった剣ではなく、ただの剣だった。


「アルナ...貴女は...」


シオンはアルナの赤く晴れた目を見て街の人の期待を一身に背負う気持ちが、どれ程重たい物なのか理解することが出来た。


「お前は...この街では見たことが無いな。旅の者か?」


「私はシオン。こっちは...」


「テオだ。」


「人の言葉を話す魔獣か。なら、お前は魔女か。」


「そうだよ。旅をする魔女。一応聖都の誓約書もあるよ。」


「その魔女が、私に何の用だ?答えによってお前を捕らえる。」


「何か悩み事は無い?私でよければ聞くけど?」


アルナは驚いていた。まさか初対面で悩み事がないかと聞かれるとは思わなかった。ましてや、剣を向けられているのに、呑気な魔女もいるのだな、と心の中で思っていた。すると、思わず口が滑ってしまった。


「呑気な魔女だな。」


馬鹿にされたにもかかわらず、シオンは笑みを浮かべた。


「偶には呑気にならないと、疲れるでしょ?」


まるで、自分の心が見透かされている。そう考えてしまい、アルナは目の前の魔女を恐れた。


「お前は...危険だ。魔女シオン及び魔獣テオは今後一切、街に立ち入ることを禁ずる。出ていけ。」


「お前が命令出来ることでは無いはずだ。」


街から追い出そうとするアルナに対して、テオが食ってかかる。しかし、アルナはテオに切っ先を向けて、冷たく言い放った。


「私は近衛騎士団副団長のアルナだ。1人と1匹を追放するくらい造作もない。」


「...テオ、今は大人しく言うことを聞こう。」


「...面白くない奴め。」


シオンとテオはアルナの部屋を出て自分たちの借りた部屋に戻ったが、すぐに荷物をまとめて出ていこうとした。

テオはまだ不服そうな顔をしていたが、シオンは仕方ないと言って宥め続けた。

荷物もまとめ終わり、部屋を出る準備もできると、部屋の扉がゆっくりと開いた。


「どうしたの?」


開いた扉から顔を覗かせたのは、部屋まで案内をしてくれた無口な少年だった。


「お前ら、アルナ姉ちゃんの部屋に入っただろ。」


「口が聞けるのか。」


「俺は入ったか確認をしてるだけだ。入ったのか?」


「入ったよ。おかげで街を追放されちゃったけどね。」


少年はシオンを馬鹿にした笑みを浮かべた。


「馬鹿な奴。お前みたいな餓鬼が本当に魔女なのか?」


「歳は私の方が上だと思うけど...」


「うるさい。魔女はこの街に要らない。出ていけ。」


「黙れ、人間。何故俺達に突っかかる?」


「黙れ、獣。俺はお前が魔獣だろうが怖くない。」


「...私とテオは、貴方に魔女と魔獣だと明かしていないけど、どうして知ってるの?」


シオンの言葉に少年の表情が凍り付く。シオンは隙を与えることなく畳み掛けた。


「私達がアルナに会ったことも知っている...もしかして、盗み聞き?」


「ち、違う!俺はただアルナ姉ちゃんが心配だったから様子を見てただけだ!」


「そう?でも、アルナの部屋を見ていいの?」


「俺は弟だ!いいに決まってる!」


少年は宿中に響き渡るほどの大きな声で叫んだ。


「あの...あまり騒ぐと他のお客様の迷惑に...トト!?」


「アミラ姉ちゃん!この魔女がアルナ姉ちゃんの部屋に...」


少年トトの声を聞いて、受付の女性が部屋に注意をしに来た。しかし、騒いでいた張本人が自分の身内だと知るや否や、固く握った拳をトトの頭に叩きつけた。


「ってぇ〜...何すんだよ!?」


「私の弟がご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございません。」


アミラは深々と頭を下げてシオンに謝罪した。その隣には、不服そうな顔を浮かべたトトが立っていた。


「こらっ!お前も謝りなさい!」


アミラがトトの頭を叩くと、小さな声で文句を言いながら頭を下げた。


「気にしないで。じゃあ。」


「ま、待ってください!何かお詫びを...」


「詫びは必要ない。どうしてまだこの街に居るんだ?」


シオンが出ようとした扉が開き、アルナが入ってきた。その腰には白鞘の剣を差していた。


「引きこもりの騎士が出てきたか。その剣を持ってどこに行く気だ?」


「...家族の前だ。聞かなかったことにしてやる。早くこの街から消えろ。」


「アルナ...お客様にそんな事を言っては...」


「客?この魔女と魔獣は罪人だ。人の部屋を盗み聞く小悪党だ。」


「そうらしいよ、トト。」


アルナがトトの顔を見るが、トトは一切目を合わせようとしなかった。

眉間に皺を寄せたアルナがトトの胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「聞いていたのか?」


「え、ぁ...」


トトがアルナに気圧されて吃っていると、痺れを切らしたアルナは更に強い口調で問い詰める。


「聞いていたのかと聞いている!答えろ!」


「ご、ごめ...なさ...」


トトはとうとう泣き出してしまった。それでも許そうとしないアルナを見て、シオンは溜息をつきながらアルナの腕を掴んだ。


「子供相手にみっともない。そんなに知られるのが嫌なら、誰も知らない場所に行けばいいだけの事。これは、貴女の自業自得。」


「...お前...お前は私の何が分かる!」


「分かるはずがない。人には言葉がある。分かって欲しいなら、貴女の言葉で私に教えて。貴女の本音を。」


「.....この街から失せろ!」


アルナはシオンを突き飛ばして部屋を出ていく。静まり返った部屋にはトトの嗚咽だけが聞こえていた。

暫くして、アミラが口を開いた。


「あの子は...アルナは昔から喧嘩ばかりしていました。15になって近衛騎士団の団長様に腕っ節を認めてもらい、騎士になることが決まりました。その時のアルナは、皆を守ると口にしては、笑みを浮かべていました。ですが...」


「今は笑わなくなった。」


「はい...アルナは女騎士の中ではずば抜けた強さを持っています。年に一度開かれる剣術大会でも何度も優勝を飾りました。そして今日、王妃様からあの白鞘の剣を授かりましたが...あの剣はアルナに呪いをかけました。」


「呪い?」


「はい。絶対に失敗をしてはいけない呪いを...そして、その呪いはある事を経験してないアルナにとって、どうやっても抗えない呪いです。」


アミラから話を聞いたシオンとテオは、街の中を歩いていた。アルナの命令を忘れた訳では無いが、アルナを放っておくことも出来なかった。


「呪い...結局は気持ちの問題だろ?」


「そうだね。白鞘の剣は街の皆の期待。私達が思っているよりも重くて、アルナは押し潰されそうになってる。」


「でも解決策は見つかった。」


「それは聞いたが...運が悪ければ、あの人間は死ぬぞ?」


「...死んだら、そこまでだっただけ。」


「...そうか。」


話している内に、見回りをしているアルナを見つけた。


「どうする?」


「どうしようか。」


シオンとテオが声を掛けようか悩んでいると、アルナは突然立ち止まり、振り返ってシオンの顔を見た。


「お前達か...街を出ろと言ったはずだ。」


「貴女を助ける方法を見つけた。だから、少しの間待ってくれない?」


「私を助ける?頼んだ覚えはない。」


「このままだと貴女は、街の人々の大きな期待に押し潰されて心が折れる。そして、2度と剣が握れなくなる。」


「...聞くだけ聞こ」


アルナがシオンの言葉に心が揺れ動いた瞬間、女性の悲鳴が聞こえた。

聞き覚えのある声に、アルナは考えるよりも先に体が動いていた。


「間が悪いな。」


「そうでも無いよ。」


シオンは笑みを浮かべると、テオに乗ってアルナの後を追った。

悲鳴が聞こえた場所に来ると、多くの人々が集まっていた。テオが威嚇しながら歩くと道が開け、先に着いていたアルナに近づくことが出来た。


「アルナ...」


シオンは目の前の状況を見て、アルナが動いていない理由を理解した。

武装した5人組の男が、アミラを捕らえていた。アミラの首元にはナイフがあり、いつでも喉を切り裂く事が出来る状況だった。


「...やるか?」


「待って...テオは...」


シオンは小声でテオに指示を出すと、テオの背中から銀色のケースを持って降りた。上着の間からハーネスホルスターに収められた自動式拳銃ソシエを抜き、アルナの5歩後方に立った。


「...」


アルナは武装した男達を睨み付けたまま、動くことが出来なかった。動けるはずの足は震えて動かず、剣を抜くはずの腕は緊張で固くなり、満足に動かせなかった。


「くそっ...」


「おい、女騎士。この女を解放して欲しければ、50万ルイを用意しろ。」


「そんな大金がすぐに用意できると...」


「っぁ!?」


アミラが悲鳴を上げる。首から少量の血が流れ出す。

実の姉が窮地に陥っているのに、アルナは動くことすら出来ない。次第に震えも強くなり、立っていることすらままならなくなる。


「それで、いいの?」


背後から聞こえたシオンの声に振り向こうとする。


「振り向かないで。話は全てアミラから聞いた。貴女はどんなに強くても、本物の武器を持った人を相手にしたことがない。ようするに、実戦経験が無い。それが貴女の枷になってる。」


シオンはゆっくりとアルナに近付きながら話し続ける。


「貴女は枷に苦しんでる。でも、アミラとトトは貴女のことを誰よりも知っているから貴女を助けようとしている。貴女はその1人を見殺しにしようとしているの?」


「...失う事が怖いんだ。」


「恐れていては、全てを失う事になる。」


アルナがシオンの言葉によって、剣に手をかけようとした。しかし、予想だにしない事が起こってしまった。


「うぁぁあ!」


人混みから飛び出したトトが、アミラにナイフを当てていた男に向けてタックルをした。男は体勢を崩して尻餅をついた。アミラを助ける事は出来たが、結果としてトトが代わりに捕まっただけだった。否、トトは殺される。

振り下ろされたナイフは、トトの眉間に向かっていた。


「うわぁぁあ!?」


ナイフの刃は深く、深く突き刺さった。しかし、トトは無傷だった。


「...あ、アルナ姉ちゃん...」


「ははっ...参ったな...この鎧はナイフでも貫かれるのか。」


男がアルナの左腕からナイフを抜くと、ナイフから赤い血が垂れていた。


「アルナ姉ちゃん!」


トトが抱きつこうとするが、アルナはトトの首根っこを掴んで茫然としているアミラに向けて投げた。


「ひ、1人で5人相手にするのか!?」


「当たり前だ。私は...近衛騎士団副団長のアルナだ!」


アルナが右手で剣を抜くと、美しい白い刃が月明かりに照らされる。

男達がほんの一瞬の間、目を奪われるとナイフを持った男の右腕が宙を舞った。


「嫌な感触だ...」


男の悲鳴が街にこだまするが、他の男達は仲間を気にすること無く武器を構えた。


「短剣と弩が2人ずつか...」


弩を持った2人の男が矢を放つ。同時に2発の銃声が聞こえた直後、放たれた矢は光を放つ銃弾によって破壊されていた。


「...礼を言おう。魔女。」


「気にしなくていいよ。それより、腕は大丈夫?」


「上手く力が入らないだけだ。気にするほどの事じゃない。」


「そう。援護はするから、好きに戦っていいよ。」


「言われなくとも!」


シオンと話している間に短剣を持った男が距離を詰めてきている。

白鞘の剣は長剣なので、短剣に比べるとかなり重く、アルナは片手で剣を振っている。

シオンはすぐに撃てる準備をしていたが、無用な心配だった。

アルナは実戦経験が無いだけで、戦闘技術は高く、男2人を圧倒していた。


「剣筋が綺麗...動きに無駄が無い...」


シオンがアルナの動きに見とれていると、シオンに向けて矢が放たれた。しかし、射線上にアルナが入ると、矢は打ち落とされる。

まるで、アルナに死角は無いと思わされる程だった。


「これで終わりだ。」


2本の短剣が弾き飛ばされ、地面に転がった。弩を持つ男達も、矢が尽きたのか抵抗すらしなかった。


「お前らを拘束する。他の騎士が到着するまで大人しくしていろ。足の健を切られたくは無いだろう?」


アルナが脅すと、男達は肩を落として地面に座り込んだ。

ほっと胸を撫で下ろすが、1人が居ないことに気が付いた。右腕を切り落とした男だった。


「しまった!逃げたか!?」


アルナが辺りを見回すと、走って逃げる男の背中を確認した。


「待て!」


アルナが走り出そうとした時、魔女が悲痛な表情を浮かべていた。疑問に思った次の瞬間には、銃声が鳴り響いた。

走る男の右膝を、銃弾が貫いていた。

何食わぬ顔をしてホルスターに銃を収めるシオンを見て、アルナは思わず声をかけてしまう。


「...お前は...」


「大丈夫。今の銃弾は貫通力を高めた銃弾だから。そこまで傷口は酷くない筈だよ。」


シオンは笑みを浮かべた。

倒れた男は待機していたテオが咥えて持ってきた。


「震えていた割には、良くやったな。」


「何を偉そうに言っている。お前は何もしていないだろ。」


「逃げる奴を捕まえる為に、屋根の上にいたんだよ。」


「流石は獣だな。」


「何だ?喧嘩を売っているのか?」


「いや...なぁ、魔獣。聞きたい事がある。」


「何だ?」


「あの魔女が男を撃つ時、表情が変わった。何かあるのか?」


「...誰しも隠し事の1つや2つあるだろう。」


「それそもそうだったな。変な事を聞いて悪かった。」


「構わない。」


「あぁ、それと...ありがとう。」


アルナは小さな声で恥ずかしそうに礼を言った。

すると、見ていた街の人々がアルナの周りに集りだし、騒ぎ始めていた。


「お、おい...もう夜も遅いんだ。あまり騒ぐな。」


「もう大丈夫そうだね。」


「あぁ。お人好しの魔女のおかげだな。」


「私は何もしてないよ。変わる決意をしたのはアルナだよ。」


「そうだな...行くか?」


「行こうか。この街に魔女は必要ないみたいだし。」


誰からも信頼の目を向けられるアルナを見て、シオンはテオの背中に跨った。

テオが走り出そうとすると、アミラとトトが目の前に飛び出してきた。


「うわっ...危ないなぁ。」


「あ、あの!何かお礼がしたいのですが...」


「何のお礼?」


「お前らが...アルナ姉ちゃんを助けてくれたからだよ。」


「それならお礼は要らない。私は何もしてないから。」


シオンとテオは2人の横を抜けようとするが、トトが意地でも通さないと語りかけてくる顔で、テオの前に立ち塞がる。


「...退いてくれないか?」


「嫌だ。お前らが何と言おうと、礼をするまでは行かせない。」


「はぁ...」


シオンがため息をついてどうしようかと考えていると、背後からアルナに声をかけられた。


「待て。そこの魔女。」


「もう止められてるよ...貴女の姉と弟にね。」


「流石は私と血の繋がった家族だ。騎士ならば礼はしなければならない。家に来い。」


「それはお願い?命令?」


「...命令じゃない事は確かだ。」


「そう。なら、行こうかな。」


その答えを聞いた3人は、笑みを浮かべていた。

3人に連れられて宿に戻ると食堂に案内され、夜もかなり更けているが、豪華な料理が並べられた。


「余り物で申し訳ございません。」


「アミラ姉ちゃんの料理は世界一だからな?余り物でも上手いんだぞ!」


「確かに美味しそうだね。」


「元々アミラは王家の方々に料理人として仕えていた。両親が他界してからは、アミラがこの宿を切り盛りしている。」


「そうか。だから親の姿が無かったのか。」


「まぁ、気にするな。遠慮せずに食え。」


「じゃあ、お言葉に甘えて...いただきます。」


「頂こう。」


シオンとテオは料理を口にした。2人の第一声は、全く同じだった。


「「美味い!」」


それからシオンとテオは止まらなかった。次々にテーブルに並べられる料理を平らげていく。

最後の方になると、見ていた3人の笑顔が引き攣るほどの量を食べていた。


「ご馳走様でした。」


ようやくシオンとテオが止まると、アミラとトトが空いた食器を片付ける。

すると、何もしてないアルナがシオンの対面に座った。


「魔女。お前は旅をしているんだろ?何か話を聞かせてくれ。」


「気になるの?」


「...興味はある。だが、私はこの街を離れたくない。」


「私に話を聞く人は、皆そう言うよ。自分の住む土地を好きな事は、誇りに思うよ。」


「誇りか...」


「お話なら私達も混ぜてもらっても良いですか?」


「俺も聞きたい!」


「良いよ。そうだ、星が棲む街の話をしてあげる。」


シオンの話は夜通し続けられた。3人は話に耳を傾け、興味深そうに聞いていた。

3人が満足したのは、日が昇る頃だった。


「ふぁぁ...もういいでしょ?」


「あぁ。それにしても、山よりも大きな蛇を斬った剣士の話は興味深いな。」


「私は珍味しか売られていない街が気になりました。食べる度に味が大きく変わるフルーツ...料理してみたいですね。」


「俺は機械仕掛けの街に行ってみたい!道が動くんだろ!楽そうでいいなぁ〜!」


「楽しそうで何よりだよ。ふぁ...」


「アミラだったな。部屋を借りるぞ。」


「あっ、案内します!」


「大丈夫だ。覚えている。だが、この様子だと発つのは明日の朝だろう。金は後で払う。」


「分かりました。では、ごゆっくりお休みください。」


テオはシオンの襟元を咥えると、1度借りた部屋に向かった。

部屋に入るとテオはシオンを床に降ろした。


「寝巻きに着替えろ。」


テオの言葉に頷くと、すぐに着替え始めた。眠たそうにしているが、銃とナイフはしっかりと揃えて置いてから、ベッドに倒れ込んだ。

そして、気絶したかのように眠りについた。


「...まだ子供だな。」


テオはベッドの横で丸くなり、シオンを見ながら目を閉じた。

眠りについてから丸1日以上眠っていたシオンは、朝になって目を覚ました。

すぐに出発の支度を整えると、アミラとトトが部屋まで挨拶に来た。


「おはようございます。」


「おはよう。よく眠れたか?」


「ぐっすり眠れたよ。おかげで寝起きが普段よりも良いね。」


「嘘をつくな。さっきまで餓鬼みたいに俺の名を」


「黙って。」


シオンは無駄な事を言うテオの口を押さえた。


「ふふ、仲がいいですね。」


「まぁ、そうかもね。」


「荷物は...大丈夫か。じゃあ宿の外まで案内してやる。着いてこい!」


元気な声を出すトトの後ろを、シオンとテオが着いていく。

宿の外に出ると、シオンは思い出したように金の入った袋を取り出した。


「そうだ。まだ払ってなかった。」


「いえ、お代は結構です。」


「どうして?」


「私達にしてくれたあのお話は、私達にとっては価値のあるお話でした。ですので、お代を貰う事は出来ません。」


「そう。なら、遠慮はしないよ。」


「はい。大丈夫です。」


「ありがとう。じゃあ、さよなら。」


「旅の無事を祈ります。」


「元気でなー!また来いよー!」


シオンは手を振る2人に、小さく手を振り返した。

その後すぐに検問所に向かい、街を出ようとすると、検問所の前にアルナが立っていた。


「アルナ?」


「来たか。」


前に立ち塞がるアルナは、右手に木箱を持っていた。


「魔女シオン。此度の助力に感謝する。よって、これをお前に授けよう。」


シオンはテオの背中から降りると、帽子を脱いでテオの鼻に掛けた。


「感謝致します。」


シオンは木箱を受け取ると、深く頭を下げた。

すると、アルナが大声で笑った。


「何だその口調は...私を笑い死にさせる気か!?」


「そっちが真面目にやってるから、こっちも真面目にやったのに...」


「いや、すまない...それは私個人の贈り物だ。見てくれ。」


シオンが木箱を開けると、中には白い刃を持ったナイフが入っていた。


「これ...」


「好きに使ってくれ。それは長持ちする。」


「ありがとう。大事にするよ。」


「礼を言うのはこちらだ。何度言っても言い足りない。お前のおかげで、私は、私の誇りを守れたんだ。」


「剣を抜いたこと?」


「いや...家族を守れた事。街の人々を守れた事だ。私はこれからも守り続ける。それが、その気持ちが私の誇りだ。」


「私はアルナを応援するよ。」


「ありがとう。もう少し話をしたいが、済まないな...時間だ。私は職務に戻る。達者でな。」


「そっちもね。」


「また寄る事があれば声をかけてくれ。その時は歓迎しよう。」


シオンとアルナは去り際に握手を交わすと、それ以上の言葉は何も交わさずに、互いの道を進み出した。

しばらく歩いていると、テオが振り返って街の方を見た。


「どうしたの?」


「いや...人間の声が聞こえるな。またあの騎士の周りで騒いでるんだろうな。」


「人気者で羨ましいね。」


「魔女も人気だろ?」


「街にいる魔女は人気だよ。でも私みたいに旅をする魔女はそこまで...」


「ならどこかに住むか?」


「ううん、それはやめておく。人気になりたいわけじゃないから。」


「奴はあれしか道がなかった。だが、お前はまだ道を探している。好きに生きていいんだ。」


「そうだよね。ありがとう、テオ。」


シオンが笑みを浮かべると、テオは少し安心したような表情をしてみせた。


「...シオン!」


「な、何?いきなり大声を出して...」


「劇を見ていない!戻るぞ!」


「え、え〜...」


テオが急いで街に戻る中、シオンは激しく揺れる背中の上で白い刃のナイフを眺めていた。


「かなり戻るのが早いけど、歓迎してくれるかな?」


シオンはナイフを箱の中に戻すと、帽子を目深に被り、大きなため息をついてゆっくりと目を閉じた。

街の人達の声が聞こえる。シオンはアルナの反応を予想して、微笑んだ。

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