託された銃

奴隷になれと言われてシオンは返事をしたが、それは薬による影響では無かった。

薬はただの痛み止めで、縛りつけられて薬を飲まされるまでの流れは、全て双子の青年が考えたシナリオ通りだった。


「頼みがある。魔女である君なら、街の皆を守ることが出来る。」


気絶させられた恨みはあるが、何よりも人助けの頼みを断れなかった。


「私は人がいいのかもしれません...」


誰にも聞こえないように呟くと、双子の青年から渡されたシオンの自動式拳銃を受け取る。


「さぁ、魔女よ!行け!」


シオンは青年の指示に従って、軍の来る方へ向かった。


「...っ...シオン!?」


放置されていたテオは、暗い夜の中で目を覚ました。


「どこだ!どこに...」


頭を上げてシオンを探そうとしたが、多くの足音が近づく音が聞こえ、咄嗟に近くの草むらに飛び込んだ。

伏せて辺りを確認すると、篝火を持った数え切れないほどの軍人が行進していた。


「...魔女か。」


軍人の中に、純白の布地に金糸で刺繍の施されたローブを纏った魔女が歩いていた。その手には、深紅の宝石の組み込まれた長い杖が握られていた。


「...早く合流しよう。」


テオは軍に見つからないように、シオンの匂いを頼りに道を進んで行った。


シオンは街を囲む2m程の高さがある塀の上に立っていた。その下は10m程の崖になっており、上からは軍の様子がよく見える。

月明かりに照らされた髪が銀色に輝き、迫り来る軍人達の視線を釘付けにした。

だが、魔女は違った。

持っていた杖を掲げると、五角形の紅い魔法陣が展開される。


「火の基礎魔法イグニを基にした魔法陣...私の周囲に魔法陣は無し。遠距離からの魔法ですね。」


広がっていく魔法陣は遅く、大きくなっていく。


「展開出来れば、かなり強力な魔法ですね。ですが、展開できなければ...」


シオンは自動式拳銃ソシエを両手で握り、紅い魔法陣の中心に照準を合わせた。


「魔力の無駄遣いです。」


シオンが引き金を引くと、魔力で形成された銃弾が放たれる。銃弾は風等の影響を受けても元の軌道に戻り、魔法陣の中心を撃ち抜いた。

魔法陣が割れると同時に、杖の先に組み込まれていた深紅の宝石も銃弾によって砕け散った。


「あの魔女の強力な魔法は封じましたが...他にも魔女が居そうですね。」


魔女が封じられたことにより、軍は混乱していた。列は乱れ、侵攻も遅くなっている。

その中で、シオンはもう1人魔女を見つけた。


「あれは...」


魔法陣のみが展開されており、当の魔女はどこにも居なかった。

そして、足元が赤く光り輝いた時には、時既に遅かった。


「くっ!?」


シオンが背後を振り向いた瞬間に、渦をまいた炎の柱が目の前に上がった。

バランスを崩したシオンは塀の上から足を滑らせ、崖に向かって落ちていった。


「...テオ」


先程まで立っていた塀に向けて手を伸ばすが、ゆっくりと遠のいていく。

まるで全てが遅くなったように感じた時、シオンは死を覚悟した。

強く目を瞑り、死を受け入れようとするが、襟元を勢い良く引っ張られた衝撃で目を開けた。

目を開けると、そこにはテオが居た。


「着地するぞ。」


テオはシオンを咥えたまま地面に着地すると、シオンを背中に乗せた。


「1人で逃げたのか?」


「違うけど、そうかもしれない!急いであの上まで戻って!」


「...分かった。落ち着いたら説明しろ。」


テオはシオンの指示通り塀の上に向かおうとしたが、目の前に純白のローブを着た魔女が現れた。

シオンが顔を見ようとするが、顔は口枷によって殆どが見えなかった。だが、夜の暗闇の中でも魔女の目が、必死な目をしている事だけは理解した。


「...退いてください。」


シオンが声を掛けると、魔女は突然発狂して襲いかかってきた。魔女はローブの袖から手のひら大のカードを複数枚取りだし、4枚のカードでテオを囲む様に地面に投げた。


「テオ!この中から逃げて!」


「わかっ...ぐぁ!?」


テオは囲いから出ようとしたが、出るよりも先に魔法が発動した。

4枚のカードに囲われた場所に、稲妻が走った。運悪くテオは左後足に受けてしまった。


「クソ...」


「テオ...私が足止めするから、テオは先に逃げて。」


シオンがテオから降りようとすると、周囲の空気が震える程の咆哮が響いた。

それは、シオンも聞いた事のなかったテオの咆哮だった。


「降りるな。俺は人間の程ヤワじゃない。」


「...分かった。」


テオの咆哮により腰を抜かしていた魔女は、慌てて立ち上がってカードを構えた。


「同じ手は通用しない。シオン、掴まってろ。」


魔女がカードを投げると同時にテオが力強く地面を蹴った。一瞬の内に魔女の目の前に移動したテオは、そのままの勢いで魔女に頭突きをした。

魔女の体はくの字に折れ、岩壁に叩きつけられた。頭に血の昇ったテオは、そのまま追撃をしようとするが、シオンに背中を叩かれて冷静さを取り戻した。


「...崖上に行くぞ。」


テオは傷ついた魔女を放って、崖をかけ登った。

崖上の塀に辿り着くと、シオンは迫り来る軍に目を向けた。先程よりも近くなり、シオンは焦りを覚えた。


「おい、何故こんな事をしている。逃げないのか?」


「逃げられない...あの2人と約束したからね。」


「あの双子の事か?お前を捕まえた人間だぞ?」


「...あの2人はこの街の人達を助ける為に、私に協力を求めたの。私が時間を稼ぐ間に、街の人を軍とは反対側に誘導する手筈になってる。だから、退けない。」


「お前の様な魔女をなんて呼ぶか知っているか?」


「「お人好し。」」


シオンとテオは、互いに顔を見合わせて笑った。


「仕方ない。手伝ってやる。」


「テオも意外とお人好しだよ。」


「...そうだな。」


テオは自嘲した笑みを浮かべると、空に浮かぶ月を見上げながら、辺り一体に聞こえる程の遠吠えをした。


「獣か?」


「余所見をしている場合じゃない。」


「すまない。皆、こっちだ!」


双子は武装した人々を先導して、徐々に街から離れていく。

人間達の中には、その双子の行為に疑問を抱く者達がいた。


「おい!街から離れてるぞ!それに、街の向こうから何か聞こえる!」


「大丈夫だ!今はあの魔女を囮にしている!そして、奴らが街の中に入っても、もぬけの殻だ!馬鹿な軍人たちは頭に血を昇らせ、追ってくるだろう!」


「そして、この森の中で迎え撃つ!奴らが我らの奇襲に気が付くのは死んでからだ!」


双子は街の人間が不信感を抱く度に、士気を高めてその場を凌ぐ。だが、それもあと少しの辛抱だった。


「あともう少しだ...もう少し...」


大きな轟音が背後から聞こえると、双子を含めた街の人達が振り向いた。

夜空は光によって白く染まり、思わず目を瞑ってしまった。


「テオ!移動する!」


シオンはテオに乗って塀の上を移動する。先程まで立っていた場所は、軍の大砲での砲撃により、跡形もなく吹き飛んだ。


「大砲か...厄介な兵器だ。」


「...魔法陣!」


軍の最後方に突然現れた巨大な魔法陣は、空に向けて目も開けていられない程の光を放った。


「うっ...あれは...駄目!」


シオンが振り返った時には遅かった。

街の向こう側に光の柱が降り注ぐ。


「気付かれてた...」


「街の人間を狙ったか。俺達に降らなかっただけ運がいいな。」


「...ねぇ、テオ。」


「何だ?」


「街の中に私の服とナイフがあるから回収してきて。」


「お前はどうする?」


「今だけ、私は魔女になる。」


普段のシオンからは想像も出来ない怒りの表情を浮かべていた。

テオは何も言わずに、シオンの服を回収しに向かう。


「いくら変わろうとしても、1度染まった色は変えられないか...」


テオはシオンの匂いを頼りに服を探す。

ようやく服とナイフ等が入れられた布袋を見つけると、足早にシオンの元に戻った。

テオが戻ると、塀の内側でシオンが蹲っていた。


「後悔するくらいなら、人間に肩入れするな。」


「...うるさい。」


テオの声で頭を上げたシオンの顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「...強がるな。俺はお前が傷つく姿を見たくないだけだ。」


「...行こう。」


「その前に着替えておけ。そんなボロ布は、お前には似合わない。」


シオンの前に布袋を投げると、すぐに着替え始めた。

テオはその隙を見て塀の上に登り、軍の様子を見る。


「...1人か。」


軍の後方が混乱状態に陥っているだけで、他に被害があるようには見えなかった。

ただ、テオが見ている間に魔法陣が展開されることは無かった。


「テオ、行くよ。」


「あぁ。だが、行ってもお前が傷つくだけかもしれない。それでも行くか?」


「うん。もし、駄目だったとしても、行かないと。」


「...乗れ。奴らが来る前に行く。」


シオンがテオの背中に乗ると、シオンの指示に従って街の中を駆け抜けた。


「軍の奴らが来たらどうするんだ?」


「この街には至る所に爆薬が死かけてあるの。服を取りに行く時、良く引っ掛からなかったね。」


「...そういう事は先に言え。」


テオは速度を落とし、足元に気を付けながら走った。

街の外にある森に入ると、森の一部分が消滅しており、辺りには街の人間達が力無く転がっていた。


「大丈夫ですか!」


シオンが声を掛けるが、返答は無い。

生き残っている人間を探していると、体の半身が焼け焦げた双子が倒れていた。


「私の声が聞こえる?」


シオンはテオの背中から降りて、双子に声をかける。

双子は意識がある様で、焼けていない腕をシオンに伸ばした。


「あぁ...魔女か...」


「僕達は、失敗したよ...」


「...」


シオンは黙って2人の手を握り、双子の最期の言葉に耳を傾けた。


「皆、死んでしまったよ...僕達が守ろうとした人達は...」


「本当に...これで良かったのかな...」


「良かったのかもしれないな...どうせ捕まれば...拷問されて殺されるんだ...」


「でも...助けたかったな...」


双子の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


「魔女から見て...僕達は合っていたとおもうかな...?」


「分かりません。でも、この行動は無駄ではありません。」


街の方から爆発音が聞こえる。爆風が森を揺らすほどの爆発だった。


「はは...」


「僕達の復讐だ...」


段々双子の手を握る力が抜けていく。


「...2人の名を教えてください。」


「僕はフォルティア。」


「僕はエトワール。」


「僕達の名は...この銃のもの。」


双子は持っていた拳銃をシオンに差し出す。


「受け取って...いつか...僕達の名を...導いて...」


双子は最期の言葉と2丁の拳銃を残して、息を引き取った。

シオンは拳銃を双子から受け取ると、大事に抱えた。


「身勝手な人間...最後にこんな物を押し付けて...」


2丁の拳銃には、双子の名が刻まれていた。


「あの人間...名を導いてくれと言っていたが、どう言う意味なんだろうな。」


「分からない...今は、分からない。」


「...考えている暇は無さそうだな。後ろから来ている。」


「生き残り...ごめんなさい。」


シオンは双子を含めた人間達に頭を下げると、テオの背中に飛び乗った。

その手の中には、月明かりに照らされた2丁の拳銃が輝いていた。


「という経緯で、銃を押し付けられた。」


「結構長かった...もう日が暮れそうだよ。」


「シオンと言ったな。名を導くことは出来たのか?」


「それはまだ出来てない。でも、旅をしていればいつか導けると思う。」


「そうか。なら、その双子の願いは叶ったな。」


「どうして?」


「...その銃は俺の作った銃だ。双子の孫に向けて作った銃だ。」


その場にいたシオンとテオ、それに案内人のシバまで驚いて声が出なかった。


「孫は幼い頃に銃と一緒に攫われた。すぐに殺されてしまったと思っていたが...奴らなりに...生きて、死んだのか。よく...帰ってきた。」


2丁の銃を撫でると、石のように固かった表情は緩み、笑みを浮かべていた。


「そう...良かった。ようやく約束が果たせた。」


「お前さん...この銃はどうするつもりだ?」


「私は名を導いただけ。その銃も貴方に渡す。」


「いいのか?気に入ってたんだろ?」


「元々私の中じゃないからね。じゃあ、その銃は貴方に託すから。」


シオンは帽子を脱いで頭を下げると、店を出ていこうとした。


「待て。」


呼び止められたシオンは、ゆっくりと振り向いた。


「これはお前が使え。託されたのは俺じゃない、お前だ。導く先は俺の場所じゃない。まだ、こいつらの旅は終わっていない。」


「...分かった。それじゃあ、最高の状態に仕上げてくれる?壊したくないからね。」


「任せておけ。明日の朝、取りに来い。」


「うん。じゃあ、また明日。」


シオンは別れを告げると、テオとシバを連れて外に出た。

外は既に暗く、街の灯りが点き始めていた。


「はぁ...もっと案内したかったのに...」


「明日もお願いしてもいい?」


「も、勿論!」


「じゃあ、とりあえず宿まで案内してくれる?」


シオンとテオはシバに案内された宿で一夜をすごした。

朝に弱いシオンのせいで、昼前までシバを宿の前で待たせてしまった。


「遅い!」


「ふぁ〜...はい、お金。とりあえずガンショップに案内して。」


「任せてって...道を覚えてないの?」


「テオが覚えてるよ...」


気だるそうにテオの背中に乗ると、シバを置いてテオは歩き始めた。

置いてけぼりをくらうシバを、テオは鼻で笑った。


「こ、この〜!」


シバはすぐにテオを追いかけた。

3人は話も弾み楽しげに歩いていたが、ガンショップに着くと雰囲気が一変した。

ガンショップの前には人だかりが出来ている。シオンはテオから飛び降りて人混みを掻き分け中に入る。そこに居たのは、倒れたまま動かないガンスミスだった。

傍には医者が居るが、もう手遅れのようだった。


「急死だね。この歳では珍しくない。所で君は?」


医者が話しかけてくる。

シオンは慌てること無く答えた。


「客だよ。銃の整備を依頼してある。」


「そうか...家族じゃないか。」


「家族は居ないの?」


「この街にはね。この人の娘さんは、子供が攫われて心が壊れてしまったんだ。今は環境の良い街に移って療養しているよ。」


「そう...」


「シオン。あれを見ろ。」


テオがカウンターに置かれた箱を見つける。その上には手紙も置かれていた。

シオンは手紙を取ると、封を開けた。


´´旅人へ

銃は整備した。孫を頼む。´´


たったそれだけの文章だったが、シオンはくすりと笑った。


「似てるね。祖父と孫だけど。」


箱を開けると、そこには美しく磨かれた2丁の拳銃が入っていた。

腰のホルスターに銃を収めると、シオンはガンスミスの横に立ち、自分の胸に手を当ててガンスミスを見送った。

店の外に出ると、テオとシバが待っていた。


「な、何があったの?」


「あの人は私に銃を託して死んだ。」


「え...」


シバは状況が呑み込めていなかった。


「で、でも!昨日は普通に...」


「もう歳だったからね。よくある事だよ。」


「...泣いていないけど、悲しくないの?」


「悲しいよ。でも、泣いて立ち止まってる暇は無いからね。」


シオンは笑みを浮かべると、テオに乗った。


「...行くのか?」


「そうだね。もう少し観光してもよかったけど...そういう気分じゃないでしょ?」


「まぁな...」


「だから、シバ。もう案内人は大丈夫。私達は行くよ。」


「も、もう行くの!?せめて葬式くらいは...」


「さよなら。」


シオンの別れの言葉を合図に、テオが走り出した。

まるで、ガンスミスの死から逃れるようにテオを走らせた。

検問所に行くと、先日対応した男が立っていた。


「ガンスミスの所には行ったかな?」


「行ったよ。でも、今日の朝、急死した。」


「何っ!?そうか...あの人も歳だったからな...」


「じゃあ、急いでるから。」


「あ、あぁ...無事を祈ってるよ。」


街の外に飛び出したシオンは、ホルスターから銃を抜き、空へ向けて引き金を引いた。

その音は、ガンショップまで届いていた。


「...銃声...12発!もしかして...」


シバは空を見上げて、走り去るシオンの姿を思い出していた。

まだ年端もいかない少女の背中は、未だ見たことも無い程の悲しみを背負っていた。


「...弔いか?」


「せめて、空では一緒に...」


シオンは空になった銃をホルスターに収めると、空を見上げた。


「空...遠いね。」


「あぁ、遠いな。」


「また、約束が増えちゃった。」


「そうだな。約束はしっかりと果たせよ。」


「うん...分かってる。」


約束は新たな約束を結ぶ。

既にこの世を去った3人だが、その名と魂は銃に込められている。

新たな約束と共に、思いと共に、シオンは次の街を目指した。

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