第4話 造られた心

機械の人形

早朝。まだ陽も昇らない時間に検問所に着いてしまった。


「さすがに早いかな。」


「街によって違うが、今回は朝からは開いてないみたいだな。」


「そうだね。それにしても...かなり大きいね。」


目の前にそびえ立つ巨大な鉄の門を見上げて、その大きさに圧倒される。

シオンを背中に乗せたテオが、門に近付こうとすると、門の脇にある壁が開き、機関砲がシオンに向けられた。


「...シオン。」


「言わなくていいよ。多分、考えてることは同じだから。」


テオは機関砲を睨みつけたまま、ゆっくりと後ろに下がっていく。

すると、門から声が聞こえた。


「旅人なら門を通って右へ向かってください。行商人なら左へ向かい、買取所へ向かってください。もし街の中で破壊行動を行った場合は、街で定められた法に基き、予告無しに射殺します。」


声が止まると、シオンとテオを歓迎するかのように、地響きと共に鉄の扉がゆっくりと開いた。


「...罠か?」


「一応警戒しながら行ってみよう。」


テオから降りたシオンは、銃を構えたまま街の中へ入っていく。

街の中に入ると、異様な数の視線を感じる。それが何かはすぐには分からないので、声の言う通りに右へ進んでいく。しばらく進むと、道は小さな施設に向かって続いていた。


「背中に乗らなくていいのか?」


「今はね。後でちゃんと乗るよ。」


テオの背中から銀色のケースを取り、施設の中に足を踏み入れる。

目の前には人ひとりが入れるほどの、円筒状の硝子の装置がある。


「ようこそ。目の前にあるスキャナーにお入りください。」


門の前で聞いた声が、施設の中に聞こえる。


「スキャナー?目の前のこれ?」


シオンの質問に、返事が返ってくることは無かった。


「...これだよね。」


シオンが装置の中に入ると、緑色の光がシオンの頭頂部から足先まで照射される。

眩しさに目を瞑ったが、光は一瞬で収まった。


「今のは...」


「年齢区分2。性別女。ナイフ4本及び自動式拳銃1丁、回転式拳銃2丁、特殊魔法具を検知。他、薬品及び弾薬多数所持。通行を許可します。」


「私の持ち物...今ので持ち物がわかるんだ。」


「気味の悪い装置だな。だが、避けては通れなさそうだ。」


テオもシオンの真似をして装置の中に入る。テオにも緑色の光が照射される。


「日用品及び雑貨多数。食料及び水分微量。通行を許可します。」


「何を基準にしてるんだろう?銃とナイフを持ってる事も分かってるはずなのに。」


「さぁな。兎に角、俺たちは歓迎されてるようだな。」


通行が許可されたので、テオは施設の外に出ていく。シオンもその後を追って外に出ると、一風変わった街並みが広がっていた。

道沿いには街灯が等間隔に並んでおり、同じ作りの家が建ち並んでいる。そこまで今までも見た事はあるが、その全てが鉄で出来ている街は見た事がなかった。


「鉄と油の臭い。火薬の臭いがしないだけマシかな?」


シオンは周囲の安全を確認すると、銃をホルスターに収める。


「さて、住人にこの街の話を聞きたいけど、どこにいるかな?」


「あれはどうだ?」


テオの視線の先を見ると、ゆっくりとシオンとテオのいる場所に向かってくる、体の大きな人が歩いてきていた。


「...こっちは風上か。あの人間が銃を持ってるかは分からない。用心しろ。」


「分かってる。それも、相手が人じゃないなら尚更ね。」


シオンは再び銃に手を伸ばす。しかし、街に入る前に聞いた声の事を思いだした。


「...運に任せよう。」


「結局は運か。それに、人じゃない?アレが人間じゃないなら、アレはなんだ?」


「テオは見た事ないかもね。見たことがあるとしても、車輌だけ。あれは、機械の体に、作られた心を持つ機械人形だよ。」


近づいてくるにつれ、その機械人形の姿が明らかになる。身長は明らかにシオン2人分を超えており、灰色の肌は鈍い光を放つ。


「何か用?許可を得て入った筈だけど。」


「.....」


機械人形には口は無く、丸い頭には瞳しかない。シオンを見つめる真っ黒な2つの瞳の奥には、シオンが立っていた。


「やぁ。」


機械人形が放った最初の言葉は、まるで心のこもっていない挨拶だけ。たったのそれだけだった。


「や、やぁ...」


シオンは機械人形と同じ挨拶を返す。すると、機械人形は2回だけ小さく頷いた。


「ボク達は2人を歓迎します。」


機械人形の言葉の直後に、街中から楽しげな音楽が流れ始め、体を震わせる程の音共に、青空に色とりどりの花が咲いた。


「花火...」


「懐かしいな。」


「2人とも、案内します。」


機械人形はシオンとテオに背を向けると、街の中心に向かって歩き始めた。テオの背中に乗って、機械人形についていく。


「驚きましたか?」


機械人形は体は前を向いたまま、頭だけを回して背後に居るシオンとテオを見た。


「...首、凄いね。」


シオンは引き攣った笑顔を見せるが、機械人形は全く気にする事無く話しかける。


「ココの通りにある家には、機械人形が住んでいます。」


言われたからには見ない訳にはいかない。そう思ったシオンは家に目を向ける。

家の空いた窓から、機械人形達が上半身を乗り出して、シオンとテオに向けて手を振っている。まるで、パレードの主役になったような気分になれた。


「悪くないね。」


シオンは笑顔を浮かべて手を振り返す。その様子を見て、機械人形は首を傾げた。


「どうして、人間は歓迎されると嬉しそうに笑うのですか?」


「人は受け入れられる事が嬉しいの。」


「受け入れる...それが人では無い、別の生き物だったら、受け入れる事は簡単ですか?」


「簡単だよ。ね、テオ。」


シオンは機械人形の問いかけに答えると、テオの背中を撫でた。テオがシオンの顔を見て微笑むと、シオンも笑みを浮かべた。


「...ボクは、アナタ達が羨ましいです。ボクには受け入れる人も、受け入れてくれる人も居ません。ボクが機械人形だから。」


「随分感情が豊かだが、頭は外側も中身も硬そうだな。」


「ボクの頭部は鉄で出来ています。中にも鉄は使われています。硬いのは当たり前です。」


機械人形は自らの頭を、大きな手の先にある太く角張った指で叩いた。鉄同士がぶつかり合う甲高い音が聞こえる。


「馬鹿な奴だ...柔らかい思考を持てと言うことだ。」


「柔らかい...配線は柔らかいですよ。」


「馬鹿な機械だな。案内もちゃんと出来るのか?」


「今までに千人近くの旅人を案内してきました。皆、ボクにお礼を言ってくれていました。」


機械人形は自信げに胸を張っていた。


「本当に人みたいに動くんだな。」


「私もここまで動く機械人形は見た事ない。前に見たのは、立ったまま動いてなかったし。」


「それは機械人形か?ただの人形だろ?」


「この街以外にも、ボクの仲間が居るんですね。」


「居るけど、会いに行くならやめた方がいいよ。期待はずれだから。」


「それでも、行ってみたいですね。」


機械人形は空を見上げて、小さな声で呟いた。


「街の人に頼めば、出る事くらい出来るだろ?」


「...あっ、あちらに街1番の名所があります。そちらに行きましょう。」


「あ、あぁ...」


機械人形はテオの質問を無視して、名所にシオンとテオを案内した。

案内されるままに歩いていると、開けた広場に出た。その中央には、美しい水が流れる噴水が建っている。


「こちらは、機械仕掛けの噴水になっております。朝の九時、あと少しで仕掛けが動きます。」


「そうなんだ。なら、少し待とうか。」


「前に行った街で写真機を買うか迷ってたよな?結局あれから見てないから、買ってないんだろ?」


「実は買ってあるんだよね。」


シオンは荷物の中から小さな箱を取り出した。箱の蓋を開けると、中には古めかしい写真機が入っていた。


「...聞いてないぞ。」


「言ってないからね。」


「金は?いくらしたんだ?」


「そんなにしなかったよ。骨董品みたいな物だし。」


シオンは写真機をテオに向ける。シャッターを切るが、写真機は動かなかった。


「あれ?」


「いい買い物をしたな。」


「おかしい...買う時は動いてたのに。」


「俺に言えば高い金を払って、ゴミを買う羽目にはならなかっただろうな。もし修理できるならしてもいいぞ?」


「知ってる癖に...」


「修理ですか?」


「うん。魔法で直せるけど、こういう機械って複雑でしょ?時間もかかるし、中は予測で組み立てないといけないから、魔法では修理出来ないの。」


「ボクが修理しましょうか?」


「...頼んでもいい?」


「勿論です。明日には直せると思います。」


「じゃあ、お願い。」


「はい。任せてください。」


シオンは写真機を箱の中に戻すと、機械人形に渡した。


「それもいいが、仕掛けが動くみたいだぞ。」


噴水の水が止まり、溜まっていた水が排水溝に流れていくと、噴水の中心に柱が伸びた。

柱の中央は、3段にわかれたガラスで中が見えるようになっており、その中で鉄で作られた人形達が踊っている。


「凄いね。これも、貴方と同じ人が作ったの?」


「分かりません。でも、この仕掛けは昔からあるそうです。」


「そうなんだ。3段に別れてる理由はあるの?別々の動きをしてるけど。」


「あれは街の歴史です。最下段が始まりです。」


最下段をよく見ると、機械人形と人間を模した人形が、ツルハシを持って坑道のような場所で作業している。


「元々は、鉄やカイアノと呼ばれる宝石の鉱脈が豊富な土地でした。エリアス国が交易国家でしたので、取引先には困りません。そして、莫大な金を得た街は、賑わいを見せていきました。」


2段目は、鉄で出来た街並みを背景に、人間や機械人形が入り交じって楽しそうに生活している。


「人間と機械人形。楽しそうですね。」


シオンが機械人形の顔を見ると、表情が見えなくとも、その瞳から寂しさが伝わってきた。


「羨ましいですね。ボクには、共に生活出来る友人も仲間も居ません。」


「羨ましいとは思っているんだ。」


「思います。私も、考える頭はありますから。次が最後の段です。」


3段目、最後の段には機械人形は居なかった。そこに居るのは人間だけ。

中心に白く光り輝く宝石に手を伸ばそうとしている、欲望に塗れた人間が溢れていた。その中の1人は、宝石を掴んでいた。


「あれは?」


「あの宝石がカイアノです。光を当てると輝く美しい宝石。しかし、あれは人間の夢を模しています。」


「人間の夢?」


「1度でも夢見たことはありませんか?不老不死と呼ばれる夢の生命を。」


「思ったこと無かったけど、人間はそんな事を夢見てるんだ。」


「奴らは強欲だからな。自分の身の程を知らない生物、それが人間だ。」


「私も、そうなるのかな。」


シオンは再び人形を見る。人形達に描かれた顔は、気味が悪い程人間の欲が表現されていた。


「...行こう。」


シオンは噴水に背を向け、歩き出す。

背後で柱が沈んでいく音がするが、一切振り返ることはなかった。


「お待ちください。」


「勝手に歩くな!迷子になるぞ!


機械人形とテオがシオンを追いかけてくる。シオンが突然立ち止まり、振り返ると、テオの顔が目の前にあった。


「うわっ!?」


「おい...俺の顔を見て驚くな...」


「ご、ごめん。まさかそんなに近くにいると思わなくて。」


テオが呆れていると、その様子を見ていた機械人形が、シオンとテオに質問をした。


「...2人は、お互いの嫌いな所はありますか?」


「「ある」よ。」


2人は同時に答えて、顔を見合わせて笑っていた。


「教えて貰ってもいいでしょうか?」


「良いよ。私は、テオの小言が大っ嫌い。いつもいつも、私は悪くないのにすぐに馬鹿にしたり!」


「俺はお前の身勝手な所が嫌いだ。自由に俺を振り回し、何度も俺を危険な目に合わせた。」


シオンとテオは、段々口調が強くなっていく。


「テオはいつもうるさい。」


「お前は馬鹿なんだよ。」


「あ、あの、もう大丈夫ですから...」


「うるさい!」


「馬鹿が何を言っている。」


「あ、あの!」


機械人形が叫ぶと、シオンとテオは笑みを浮かべた。


「そんなうるさい所が、私を支えてくれる。」


「お前の自由さは、俺に新しい物を見せてくれる。」


「だから、私はテオと旅をしているの。」


「俺は、シオンを信じている。」


機械人形は2人を見て、不思議に思っていた。


「昔から、仲が良かったのでしょうか?」


「さぁ?何時からだろうね。」


「そんな事、他人に話す事じゃないだろ?」


「そうだね。これは、私達だけの秘密。ごめんね。」


「大丈夫です。ボクも2人を見て、人に憧れて良かったと思っています。」


「それは良かった。」


「ボクは、2人を目指します。2人のような人を目指して、旅をしたいです。」


「機械人形が旅...うん、面白そう。私は応援するよ。」


「錆びて動けなくなるぞ。」


「大丈夫です。ボクは、自分で修理出来ますので。」


「そうなんだ。だからその写真機も...」


「エラー、思考回路に異常発生。」


「...どうしたの?」


「分かりません...体が...深刻なエラー。思考回路をリセットします。ラボへ帰還します。」


「お、おい...コイツは...」


「2人とも助け...帰還します。」


機械人形はシオンとテオが訳も分からないまま、どこかへ行ってしまう。

シオンから預かった写真機を地面に落ちて、箱が壊れてしまった。転がった写真機には、ヒビが入っていた。

シオンは写真機を拾うと、テオの背負う荷物の中にしまう。そして、何も言わずに背中に乗った。


「行くんだな?」


「行くよ。だって、友達でしょ?」


「ただの案内人だ。だが、直接言ってやれ。」


「そうだね。そっちの方が、喜んでくれる。」


「行くぞ。」


シオンが頷くと、テオは機械人形の背中を追いかけて走り出した。

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